邪神の胎動
しかし、完全に虚を突いたはずの奇襲は、赤い機体の肩部スラスターが後ろに向かって稼働すると同時に、凄まじい速度で前方へ飛び出すことで回避されてしまう。
否。
回避されただけではない。赤い機体は迷いなく私が先ほどまでいた建物に直進しながら、右手に持った銃を構える。
銃口から、高出力の魔力の塊が撃ちだされ、建物は跡形もなく消滅した。
こいつ、マナの収束に反応している!?
恐らく、先ほどの一連の行動は、転移方陣による送信先と送信元のマナ反応を感知して回避し、そのまま送信元に向かって攻撃をしかけたのだろう。
転移方陣の発動にあわせて位置を変えていたのが幸いした。
だが、相手がマナ反応を感知して動くというのであれば、策はある!
エルフから作った実験体50号に、魔法の詠唱をさせる。
予想通り、赤い機体は50号に向けて銃を向ける。
その刹那、転移方陣を二重起動する。
1つ目の陣で、先ほどと同様に巨大ゾンビを奴の真後ろに転移させると同時に攻撃をしかけさせる。
そして、2つ目の陣で、獣人のゾンビを巨大ゾンビの後ろに、奴から視線が通らないように転移させ、巨大ゾンビの肉体経由を駆け登り、奴に向かってとびかかるよう命じる。
赤い機体は、50号に向けて魔力塊を撃つと同時に、肩部スラスターが地面に向く。
急速上昇で巨大ゾンビの触手を避け、触手伝いに飛び掛かっていった獣人ゾンビを左手から柄のようなものを取り出し、魔力で形成した刃で一刀両断する。
だが、ここが勝機。
獣人ゾンビの肉体に込められた負のマナを利用して、腐敗の爆発を発生させる。
しかし、触れたものを腐らせる死の煙を切り裂き、魔力塊が正確に私を狙って放たれる。
即座に横に飛び回避を試みるが、逃げ遅れた私の左足を、魔力塊が穿つ。
膝から先の感覚が全くなくなり、無様にのたうちながら、射線の先に視線を凝らす。
腐敗の爆風が晴れた先には、緑色に輝く魔力障壁に守られ、傷一つ追っていない赤い機体の姿があった。
「亡者を操りし者よ、お前がこの街を滅ぼしたのか?」
機体から、怒気の含まれた声が響く。
「だとしたら、どうだっていうんだい?」
「クラウデンブルク家に連なる者として、民の無念を晴らさせてもらう!」
そう叫ぶと、赤い機体は回転するように後ろに刃を振るう。
後ろから機体を拘束しようと掴みかかっていたゾンビの巨体が、ずるりとずれると、上半身が地響きを立てながら地に伏せる。
チッ!この身体じゃ、限界か。
赤い機体が、私に刃を突きつける。
「もう終わりか?ならば、その首もらいうける!」
赤い機体が、こちらに一歩踏み出し、私の影と交わる。
その瞬間、影に忍ばせていた隻眼の狼を顕現させ、赤い機体の肘に喰らいつかせる。
巨大な顎が鋼鉄の、しかし構造的には比較的脆い部分の関節を軋ませる。
赤い機体は右腕に持った銃を構え、狼ごと私を撃ち殺すべく魔力塊を射出する。
瞬間的に狼を影の中に戻し、私は跳躍して回避すると同時に、自身の肉体にかけていた封印を解き放つ。
私の身体の内から、肉を食らい、骨をすりつぶし、肉体を再構築するべく血しぶきを上げながら、使い物にならなくなった足の代わりに無数の触手が形成される。
「貴様!もはや人ですらないというのか。」
「肉体なんてものはただの器に過ぎないのよ。人の身体だろうが、この身体だろうが、私は私さね。」
私はそう言い放つと、魔力で重力を操作し、中央湖の方に向かって飛翔する。
自身の肉体から浮遊する眼球を生成し、後方を確認する。
赤い機体が構える銃の軌跡から射線を的確に読みながら回避行動をとり、時間かせぎに先ほど切り伏せられたゾンビの触手を機体の足に絡ませる。
奴の意識が完全にこちらに向いていたためか、ようやく捕捉することができたが、それも時間の問題だろう。
「逃げるのか!卑怯者!」
なんとでも言うがいいさね。
今の私の飛行速度では、奴の機体の最高速度に及ぶべくもない。
目的地まで少しでも距離を稼ぐために、街に残っていた亡者をすべて赤い機体に仕向ける。
何十体もの亡者が、奴の機体の機動性を少しでも削ぐために、掴みかかる。
赤い機体の手に、足に、腰に、肩のスラスターに、亡者が群がる。
刹那、異変は起きた。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!逃がすものかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
赤い機体の全身を、焔が包み込む。
操縦者は、どうやら焔の術師でもあるようだ。
機体の動力炉を通して増幅されたマナが、獄炎となって周囲を焼き尽くす。
そのまま、全速力でこちらに向かって飛んでくる。
私は、向かい打つべく、重力制御で高度を確保する。
奴の機体が、魔力の刃を構え、振りかぶったところで、私は自身の重力を奴の機体に向かって増大させる。
急転換した私の動きに反応しきれず、奴の反応が若干遅れる。
私は、影から狼を呼び出し、先ほど攻撃した関節を再度喰らいつかせる。
そして、落下速度と重力を乗せた触手の一撃を奴の頭に叩き込み、触れると同時に奴の機体の重力を数倍に増大させる。
湖へと落下してゆく赤い機体を尻目に、私は中央湖のはるか上空、かつて、異界から超技術を習得し、その技術故に滅んだといわれるフロタンテ共和国が存在した地点へと向かう。
雲を抜けた先に、目的のものをついに見つける。
そこには、空の終にぽっかりと開いた漆黒の穴、かつてフロタンテが生み出し、滅んだ要因ともなった、ブラックホールが存在した。
「久しいな『屍術師』殿。」
図ったかのようなタイミングで、懐かしい気配が現れた。
「あら、私なんかに構ってていいのかしら。世界の救済とやらに忙しいのではなくて?魔・皇・サ・マ。」
振り返ったその先には、漆黒の鎧に身を包み魔皇軍を率いる、魔皇その人が共も連れずに君臨していた。
「なに。こんなところに懐かしい気配を感じたものでね。今度は一体何をしでかすつもりかね?」
表面上はなにごともないかのように、しかし返答次第では命はない、という威圧感を放ちながら魔皇が言った。
「フフフ。あなた達がいかに世界を救済しようと奮闘したとしても、残された人達にあれをどうにかするのは苦労するかと思ってね。」
そう言って、私は空に浮かぶ黒い穴を指さす。
「ほう。お前ならアレを何とかできるとでも?」
「あなたが邪魔をしないなら、ね。まあ、見てなさいな。」
そう言って、私は懐から赤黒く輝く宝石を取り出し、ブラックホールに向けて投げつける。
重力制御により、真っすぐに黒い円に向かっていく宝石は、しだいに速度がゆっくりと近づいていくように見える。
そして、宝石が黒い円――事象の地平面に到着した途端、ピタリと動きを止めた。
さて、最期の仕上げといくか。うまくやっておくれよ、エデル……。
「にゃる・しゅたん! にゃる・がしゃんな! にゃる・しゅたん! にゃる・がしゃんな!」
詠唱にあわせて、サラトバの各地域から7つの光の柱が伸び、ブラックホールに差し込む。
それは、私が各地に蒔いた種、いまだ各地で暴れる6体の怪異と、エデルに渡した宝石から伸びる光だった。
異変を察した魔皇が虚空より漆黒の剣を取り出し、私の首を刎ねる。
だが、もう遅い。
「いあ!いあ!にゃるらとてっぷ!千の貌を持つ這い寄る混沌よ!私は契約を果たしたぞ!いあ!いあ!シャイニングトラペゾヘドロン!」
黒い円を中心に、空がひび割れる様を見る。
そして、私の中の"ナニか"嗤いながら、上空の闇へと向かっていく感触を確認し、薄れいく意識の中で、私はエデルのことを想いながら、意識が途絶えていくのを感じた。
to be continued...
【今回のサラトバ参考作品】
フロタンテの終焉、並びに置き土産| The Pioneer
https://www.chichi-pui.com/posts/747729b0-62aa-4b08-9069-60b3ad12f61c/
フロタンテの終焉パート2| The Pioneer
https://www.chichi-pui.com/posts/9efdf416-1577-4576-9cfe-270e7c8a2adf/
私の世界線では、The Pioneerさんが作成されていたフロタンテシリーズの最後のブラックホールを残して滅亡した部分を引き継がせていたただ来ました。
魔皇城・玉座にて|榎本京介
https://www.chichi-pui.com/posts/dcff7116-d06d-4dcf-ab61-613c98714cbd/
魔皇様の出陣|榎本京介
https://www.chichi-pui.com/posts/9ea8859f-596e-4795-8e2e-22e847d88d6b/
また、魔皇軍とあまり関わりがなかったので、榎本さんの魔皇様を登場させていただきました。
ラストに向けて、魔皇軍がなぜ世界の「救済」をするのか、という独自解釈を入れてストーリー展開できればと思います。
呪文
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