ノーカントリー
消音器付きのショットガンと謎のタンクを持った殺人鬼が大暴れして、治安ヤバすぎやろ、もう年寄りの住める国はねぇ!(No Country for Old Men)って感じの映画なんや。
運命の予測不能性と不条理をテーマにしていて、全然殺されるほど悪いことしてない普通の人たちが"運が悪かった"だけで殺されていく展開が続くアンチ懲悪勧善モノの世界観でありながら、一寸先は闇の未来に挑む人間の高潔さも表現しているんやで。
もし今、君の家に強盗が入ったとして警察に通報したら警官が来るわけだけど、その警官は「犯罪者に立ち向かったら死ぬかもしれない」という運命を覚悟してきてくれるんや、社会というものは、そういう危ない仕事をしてくれる勇気ある人たちによって維持されているんやで、恐れない事が勇気なのではなく、恐れる未来の結末を覚悟して恐怖心を乗り越える事が真の勇気なんや。
登場人物の一人、トム・ベル保安官は町のあっちこっちで人殺しまくってる、その殺人鬼を追っているんや、その殺人鬼と相対したとき、死ぬかもしれないけど、その最悪の結末も覚悟してモーテルのドアを開けられる男だったんや。もしそのドアの向こうに本当に殺人鬼がいて、敗北して死ぬハメになったとしても、それは人類の長い歴史の中で繰り返されてきたありふれた悲劇で、死ぬことが「この世界と一つになる」ということなんやで。
映画のラストがチッチッチッという時計の秒針の音で終わるのは、時の流れは止められず私たちはみんな最後は死んでしまう、という避けられない運命を暗示していて、戦って死ぬか、普通に死ぬか、未来に何が起こるかは決められないけど自身の運命とどう向き合うか、その姿勢は自分で決めることが出来るよ、という話だと思うんや。
私は昔、優先無視してきた車との交通事故で、首を痛めた事がある。でもあそこで交通事故にあって怪我をすることは運命だった。
何年何月何日何時何分何秒にあの車は優先無視して、あの十字路に進入してくる運命だった。ちょうどそのタイミングに私がその運命の十字路に車で入ってしまったから横から突っ込まれたんだ。
幸い首の怪我(頸椎捻挫)は後遺症なく治ったけど、私はその不条理な事故を食らった衝撃でノーカントリーが好きな映画になってしまったんや。
私たちが最期にどんな死に方をするかは
誰にも分からないけど、
最期の時間が尽きるまで頑張って生きていこうね。
呪文
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