本日のランチ
店へ入ると、焼き魚の香りが先に届いた。
だが、運ばれてきた膳から湯気は立っていない。
ガラスの鉢には、淡い胡麻味噌色の冷たい汁。そこへ焼き目を残した鯖、薄切りの胡瓜、白い木綿豆腐、茗荷、大葉、青ねぎが浮かんでいる。
隣には、粒の立った麦ご飯。
焼き鯖と胡瓜の冷や汁御膳である。
まずは冷や汁だけを匙ですくう。
冷えた汁が舌へ触れた瞬間、炒り胡麻の香りと味噌の丸い塩気が広がった。味噌汁ほど濃くはなく、だしの流れを残した軽い仕立てだ。
胡麻のコクはある。
しかし、重くない。
その理由は、胡瓜、茗荷、大葉、生姜といった香味の重なりにあるのだろう。口へ入れた直後は胡麻と味噌、飲み込むころには青い香りが残り、味の印象が少しずつ軽くなっていく。
焼き鯖をひと切れ取る。
皮目には香ばしい焦げ目があり、冷たい汁の中にあっても焼いた香りを失っていない。
噛むと、鯖の脂がゆっくりほどける。
煮魚のように味噌が身の奥まで染み込んでいるわけではない。塩焼きの鯖を粗くほぐし、その旨みを冷たい胡麻味噌だしへ移した味である。
焼けた皮のほろ苦さ。
青魚らしい脂。
胡麻味噌のコク。
冷たい汁の中でも、それぞれの輪郭が残っている。
そこへ胡瓜を合わせる。
ぱり、と小さな音がした。
鯖の脂と胡麻味噌が口の中へ広がった直後に、胡瓜の水分と青い香りが入る。濃さを薄めるのではなく、味の余韻を一度切り、次のひと口を新しく感じさせてくれる。
豆腐は手で崩したような不揃いな形だ。
匙ですくうと、汁をまとったままやわらかく揺れる。口へ入れれば、胡麻味噌の味を穏やかに受け止め、鯖と薬味の間へ静かな白い余白を作っていた。
茗荷は細く、香りが鋭い。
大葉はより青く、鼻へ抜ける。
生姜は汁の奥で辛みを残し、青ねぎは食べ終わりに軽い青さを添える。
薬味が多い料理ではあるが、どれかひとつが前へ出るのではなく、焼き鯖と味噌の重さを少しずつ受け持っている。
そして麦ご飯。
まずはそのまま噛む。
白米よりも軽い弾力があり、一粒ごとの存在が分かる。冷たい汁と合わせる前に麦ご飯だけを味わっておくと、この料理が茶漬けではなく、汁と飯を自分の加減で組み合わせる御膳であることがよく分かる。
匙で冷や汁を少量、麦ご飯へかける。
汁が米粒の間へ入り、鯖の身と胡瓜、豆腐が一緒にまとまった。
麦の噛み応え。
冷たい胡麻味噌。
鯖の脂。
胡瓜の歯ざわり。
ひと口の中に、温度も食感も違うものが重なっている。
最初からすべてを汁へ沈めるより、食べるたびに少しずつ合わせる方がよい。汁の量、鯖の量、薬味の加減によって、毎回違う味になる。
添えられたかぼちゃの薄煮は、冷や汁とは正反対の、密度のある甘みを持っている。
やわらかく煮含められているが、甘すぎない。胡麻味噌と鯖のあとに、南瓜の丸い甘みを挟むと、膳全体が少し落ち着く。
冷やしトマトは、より直接的な涼しさだ。
果肉の酸味と水分が口の中を洗い、再び胡麻と鯖の味へ戻る準備を整えてくれる。
前日の厚揚げとゴーヤの山椒醤油炒めは、熱い鍋、醤油の香ばしさ、夏野菜の苦みを正面から味わう一皿だった。
今日はその熱を、器ごと冷ましている。
だが、冷たいだけの料理ではない。
焼き鯖の香ばしさがある。
味噌と胡麻のコクがある。
薬味の刺激があり、麦ご飯の噛み応えがある。
静かな冷製の中に、食べるための力がしっかり残っている。
最後に、少し多めの冷や汁を麦ご飯へかける。
鯖の身を崩し、胡瓜と豆腐を一緒にすくう。
冷たい汁が米粒へ染み、胡麻の香りが立ち、鯖の脂を茗荷と大葉が軽くほどいていく。
火照った身体へ、ただ冷たさを与えるのではない。
焼き魚と味噌と米で、きちんと腹を満たしながら、後味だけを涼しく残す。
盛夏を迎える前の一週間を締めるにふさわしい、素朴で力のある一膳である。
――次回予告――
次回は「蛸と枝豆の新生姜ご飯御膳」。
冷たい胡麻味噌だしと麦ご飯から一転。
蛸の旨みを含ませて炊き上げた米に、枝豆の青い歯ざわりと、新生姜の細い辛みを重ねます。
冷たい汁で締めた週の終わりから、土鍋に立つ湯気と炊きたての香りで始まる新しい一週間へ。
次回の食彩探訪も、どうぞお楽しみに。
田嶋達郎
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