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 鍛冶と鉱山の街・カヴェルノ。
 昼夜を問わず蒸気機関の吐息が響くこの街では、空はいつも薄く煙っていた。
 巨大な高炉の煙突が立ち並び、石造りの橋には無数の配管が這う。路面電車は蒸気を噴き上げながら坂道を登り、工房の窓からは赤熱した光が漏れている。

 そんな街の鉱山区画に、鉱夫たちが集まる酒場があった。
 名を《黒煙亭》という。
 分厚い木の扉を開けば、石炭の匂いと麦酒の香りが入り混じった空気が迎える。壁には煤が染み付き、天井の梁には長年の蒸気が白い結晶となってこびりついていた。

 夕刻。
 仕事を終えたツチビトの鉱夫・ガルドは、重い革袋をテーブルへ置いた。
 どさり、と鈍い音が響く。

「今日はなかなかの当たりだ」

 そう言って袋から取り出したのは、拳ほどもある黒い鉱石だった。
 見た目はただの石にしか見えない。だが割れ目の奥には、まるで星空を閉じ込めたような青緑色の光が脈打っている。

 エーテライト。
 この世界を動かす、奇跡の鉱石。

 向かいに座るモリビトの技師・リシェルは、真鍮製のルーペを片目にはめる。
 長い指先で石を回し、脈の走り方を確かめた。
 テーブルには真鍮のフレームに守られた試験管が並んでいる。中には色の異なるエーテル燃料。

 濁った琥珀色。
 淡い緑色。
 深い青緑色。
 そしてわずかに青く輝く液体。
 それぞれが小さな灯火のように酒場の薄暗がりを照らしていた。

「ほう」

 リシェルは唇の端を上げた。

「こいつはいい。純度八十パーセントの青(ブルー)が抽出できるぞ」
「やっぱりか」

 ガルドは満足そうに頷く。

「坑道の最深部で見つけたんだ。脈の光り方が違ったからな」
「最近はそんな上物、滅多に出回らない」

 リシェルは原石を軽く叩いた。
 かすかな音が返る。鐘の余韻のような澄んだ響き。

「いい石は減った。浅い層は掘り尽くされたし、残っているのは危険な場所ばかりだ」
「だから若い連中は嫌がる」
「まあ当然だろう」

 リシェルは肩をすくめる。

「命懸けで掘るより、闇市で粗悪なエーテルを売るほうが楽だからな」

 ガルドは鼻を鳴らした。

「あんな泥水は燃料と呼べないな」
「同感だ」

 技師は試験管の一本を持ち上げた。
 濁った液体が鈍く光る。

「不純物だらけだ。機関車ならボイラーを傷めるし、飛空艇なら最悪空中で停止する」
「それでも買う馬鹿はいる」
「安いからな」

 試験管を戻し、今度は青い液体を掲げる。酒場の灯りが消えたかのように見えるほど、その光は鮮烈だった。
 深い海の底にも似た青。静かで、それでいて力強い輝き。

「だが本物は違う」

 リシェルは目を細めた。

「見ているだけで分かる」
「ああ」

 ガルドも頷いた。

「青には夢がある」

 窓の外を貨物列車が通過した。低い汽笛が街に響く。

 あの列車もエーテルで走っている。
 大陸を横断する豪華列車も。
 北海を渡る蒸気船も。
 空を翔ける飛空艇も。

 すべては地下深く眠る石から始まる。

「昔な」

 ガルドがジョッキを傾けながら言った。

「初めてエーテライトを見た時、本当に星の欠片だと思った」
「鉱夫らしい発想だ」
「笑うな。ガキだったんだ」
「いや」

 リシェルは静かに首を振った。

「――案外、間違いでもないかもしれない」

 そう言って原石を指先で転がす。

「誰にも分からないんだ。なぜこんな熱量を持つのか。なぜ光るのか。なぜ地中で育つのか」
「学者先生でも知らんのか」
「知らん」

 モリビトは苦笑した。

「百年研究しても正体不明だ」
「なら、星の欠片でいいじゃないか」
「そうだな」

 二人は笑った。

 酒場の喧騒が耳に心地よい。
 別のテーブルでは、鉱夫たちが今日の採掘量を自慢し合い、鍛冶職人たちが鉄の相場について口論している。
 どこにでもある夕暮れだった。

 やがてリシェルは原石を革袋へ戻した。

「明日の朝には精製所へ運ぶ」
「頼むぞ」
「任せろ。いい青を抜いてやる」
「その青で、どこかの飛空艇が空を渡るんだろうな」
「あるいは極地探査船か」
「大陸横断列車かもしれん」
「月面観測塔の発電機かもしれない」

 二人はしばらく想像を巡らせた。

 誰が使うのかは分からない。
 どこへ運ばれるのかも分からない。

 だが確かなことが一つだけある。
 地下深くで掘り出された一つの石が、まだ見ぬ誰かの旅を支えている。
 それだけで十分だった。

 窓の外では、無数の蒸気灯が夜のカヴェルノに灯り始めている。
 青緑色のエーテル灯が石畳を照らし、その光は配管の上を流れる蒸気に反射して、まるで街全体が星空になったかのようだった。

 ガルドはその景色を眺めながら呟く。

「明日も掘るか」
「明日も精製する」

 リシェルも応じる。

 特別な約束ではない。ただの仕事の話だ。
 けれど、その言葉の向こうには。
 地中の闇と、蒸気機関の鼓動と、空を渡る無数の夢が、確かに繋がっていた。

 カヴェルノの夜は、今日も煤けている。
 そしてその煤の向こうで、エーテルの青い光だけが静かに輝いていた。
_____

私には珍しく、ストーリー調でお届けしました。
アヤナギさんの考察が投稿される前に、私側で勝手に考察したアイアスの燃料事情ですが、完全ボツじゃなくても大丈夫とのお言葉をいただきましたので、元々出す予定だった物語を添えて投稿しますw

鉱石と燃料
https://www.chichi-pui.com/posts/0a333200-e8fa-44eb-b684-8dc412785962/

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