あいみのくろ歴史第11話:世界の中心で
スマホもゲーム機もなかった時代、子どもの遊びの王様は、
案外「かくれんぼ」だったのではないかと思う。
幼稚園のころから中学生になるまで、私たちは何度もかくれんぼをした。
最初はただ隠れるだけだった。
見つからなければ勝ち。
鬼に見つかったら負け。実に単純である。
しかし、年齢が上がるにつれて、その遊びはだんだん複雑なゲームへと変わっていった。
わざと近くに隠れる。いわゆる「灯台下暗し」である。
逆に、あまり遠くへ一人で隠れることはしない。
なぜなら、ゲームの進行が遅くなるからだ。
遠くへ行くなら、何人かでまとまって隠れる。緊張感を共有し、
見つかるかもしれないという空気を一緒に味わうためである。
つまり、かくれんぼはただの「隠れる遊び」ではなかった。
隠れる側も、探す側である鬼のことを考えなければならない。
あまりにも見つからない場所に隠れれば、勝ちは勝ちでも、
遊びそのものがつまらなくなる。
ゲームは、自分だけが得をすれば成立するものではない。
相手がいて、仲間がいて、場の空気があって、初めて成り立つ。
ここに、ジャン・ピアジェの発達段階を重ねてみると面白い。
0〜2歳ごろは「いないいないばあ」の世界である。
見えなくなったものが、まだそこに存在しているとわかる段階だ。
2〜7歳ごろは、顔だけ隠して「隠れたつもり」になる世界である。
自分から見えなければ、相手からも見えないと思ってしまう。
7〜11歳ごろになると、本格的なかくれんぼができる。
相手の視点を想像し、場所を選び、ルールを理解する。
そして11歳を過ぎるころから、かくれんぼは戦略になる。
どこに隠れるかだけでなく、誰と隠れるか、どのタイミングで動くか、
鬼がどう考えるかまで読むようになる。
子どもの遊びは、発達の教科書である。
では、これを社会の授業に置き換えたらどうなるだろうか。
最初に学ぶ社会は、市町村という自分に近い世界である。
自分の家、自分の学校、自分の町。
いわば「生活圏の自己中心」である。
次に県へ広がる。さらに国へ広がる。
そして世界へ広がる。
最後には、過去の歴史へと時間を越えて広がっていく。
社会科とは、知識を覚える科目であると同時に、
「自分の見えている世界だけが世界ではない」と学ぶ訓練なのだと思う。
人はよく「自己中心的だ」とか「空気が読めない」と他人を責める。
けれど、私は基本的に、人間は自己中心的な生き物でよいと思っている。
自分だけ遊びたい。
自分だけおいしいものを食べたい。
自分だけ幸せでいたい。
これは悪というより、人間の出発点である。
自分というものは、どうやっても自分から始まる。
いきなり世界全体の幸福から考える子どもなど、むしろ不自然である。
大事なのは、自己中心を消すことではない。
自己中心のまま、少しずつ外側を見る力を身につけることだ。
かくれんぼで、鬼の気持ちを考える。
友達が退屈しない場所を選ぶ。
全員が楽しめるように、少しだけ自分の勝ちを譲る。
それは、社会に出るための小さな予行演習だったのかもしれない。
子どもは、まず自分中心で世界が回っていていい。
そこから学校で友達とぶつかり、遊びの中でルールを覚え、
社会の授業で町や国や歴史を知っていく。
そうして少しずつ、自分の外側にある世界の輪郭をつかんでいく。
そして大人になる。
ただし、大人になったからといって、自己中心性が完全に消えるわけではない。
私たちは今でも、自分の都合で考え、自分の損得に揺れ、自分の見たいものを見ている。
違うのは、その上に何枚ものマントをまとっていることだ。
経験というマント。
礼儀というマント。
知識というマント。
歴史というマント。
相手の立場を考えるというマント。
人間は、自己中心という裸の心を持ったまま、
学びによって少しずつ外套を重ねていく存在なのだと思う。
だから、子どものころのかくれんぼは、ただの遊びではなかった。
あれは、自分だけの世界から、他人のいる世界へ出ていくための、
最初の社会科だったのである。
呪文
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