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自作小説「想霊日和」第七話『優しい幽霊退治』

使用したAI ChatGPT
第七話『優しい幽霊退治と誰も帰らぬ村』
 電車に揺られながら、月岡詠士は車窓の外に目をやっていた。

 夕方の河川敷。金色の陽光が川面に反射し、さざ波のようにきらめいている。たまに遠くの鉄橋を貨物列車が横切る音が聞こえるが、それもどこか眠気を誘う、のどかな響きに溶け込んでいた。

 隣に座る瀬戸ミナミは、ふわりと肩にかかる髪を揺らしながら、まるでそれが日常の一部かのように自然に――しかし少しだけそわそわとした様子で、詠士をちらりと見上げた。

「ついに、幽霊退治を実行するんだね!」

 小さく、けれどどこか弾むように、声を潜めながらも元気に話しかけてくる。

「できるようになったんだ?」

 聞かれた詠士は苦笑しながら、わずかに肩をすくめた。

「“退治”っていうか……どちらかというと“鎮める”かな。“送ってあげる”に近いですかね」

「ふーん」と瀬戸は小さく唇を尖らせながらも、どこか嬉しそうに頷いた。

 約束していた、ポストの隣で泣いていたという男の子の幽霊。あの日、確かにそこに“いた”その存在を、今度こそ見届け、そっと安らかに眠らせる――今日は、そのための一日だった。

 

 駅を降りると、電車の冷房の名残が背中からふっと吹き飛び、夏の熱気が肌を包んだ。むっとする湿気。セミの声が遠くから湧き上がり、夏の午後を形づくっていた。

 瀬戸の隣を歩きながら、詠士はポストへと向かっていた。

 霊気という概念が世に広まる前までは、幽霊など信じてもらえなかった。だが、今では少しずつ、人々の認識が変わってきている。信じてくれる人が増えた。

こうして自分を疑わず、隣に並んで歩いてくれる人がいることが、詠士にはたまらなく嬉しかった。

(瀬戸さんって……可愛いな。メガネ、よく似合ってる)

 つい見つめてしまっていた。瀬戸の額には、じわりと汗がにじんでいる。

「どうしたの? じっと見て……惚れたの?」

 瀬戸がからかうように笑う。

「メガネがよく似合うなって、思ってたんですよ」

 詠士も笑い返す。

「……えっ、あ……ありが……とう……ふへへ……照れるな……」

 ドギマギしながらメガネの鼻当てをいじる指先が、少しだけ震えていた。

 その様子が可愛らしくて、詠士は自然と微笑む。夏の風が首筋をなで、草木のざわめきがそれをなぞるように揺れる。

 二人の肩がふと近づく。触れそうになった瞬間、詠士が声を上げた。

「あ! ポストが見えましたね」

「どお? 男の子の幽霊、まだいる? 私には見えないけど」

「もう少し、近づいてみますか」

 二人はゆっくりと、ポストへ近づいていった。

「……まだ、いるみたいですね」

 詠士の目に映ったのは、以前と変わらぬ姿だった。赤いポストの脇、膝を抱えてうずくまる小さな男の子の幽霊。唸るように泣きながら、声を漏らしている。

「……ぱぱ……ま……」

「……確かに、なんか聞こえるね。なんか、悲しそう」

「では、早速取り掛かりますね」

「おねがいします!」

 瀬戸が元気よく答えた。


詠士がそっと木札を掌に置き、目を閉じる。
息を整えるように、深く、静かに呼吸をする。
そして――言の葉は、囁くように口から零れた。

「ここに在るもの、忘れられし想い……」
「なき声に、風よ触れよ。陽のひかりよ、包みたまえ……」
「この子の涙に、眠りを。孤独に、終わりを……」
「ゆらり、ゆらりと、帰る道……」
「まこと、まことに、安らかなれ……」

一言ごとに、空気が和らいでいく。
まるで音そのものに温度があるかのように、周囲の空気がほのかに暖かくなる。

言葉は旋律を持っていた。呪術でも祈祷でもない、音楽にも似た響き。
それは風に溶け、水に沁み、男の子の涙腺をそっと撫でるように触れていく。

言の葉が進むにつれて、男の子の体がわずかに揺れ、両手が力なく膝の上から落ちた。
そして、最後のひとこと――

「おやすみなさい」

――その言葉に応えるように、男の子の目がゆっくりと開いた。
瞳にはもはや涙の影はなく、ただ、やわらかい光を湛えていた。

 ――優しさに満ちた、慈しみのある、穏やかな言の葉。

 空気がやわらかく震える。風がひとつ、男の子の髪を撫でた。

「あ……ぃぁ……と……う」

 その瞬間、男の子の姿はふわりと青い光の粒になり、そよ風に溶けるように散っていった。

 しばらくの静寂。セミの声が遠くの空に溶け、戻ってくる音もない。

「……声、やんだね……」

 瀬戸がぽつりと呟く。

「はい。ちゃんと送ることができました」

 詠士が、瀬戸の方を振り返る。

 その表情には満足と安堵が浮かび、どこか誇らしげな、柔らかな光が宿っていた。

 それに誘われるように、瀬戸の表情もふわりとほどけていった。

 夏の陽射しが、ゆっくりと傾き始める。

(この子の想いに寄り添うことができただろうか)

 ひとつの依頼が終わり、穏やかな空気が流れる。
 詠士と瀬戸の背後で、静かに風鈴が鳴った。

 ──その頃、別の地では。


 深緑に包まれた山あいの村。

 神崎詩音は、一本のあぜ道の先に立っていた。目の前に広がるのは、茅葺き屋根と田んぼの交差する、どこまでも素朴で静かな集落。

 風の音、森を渡る枝の揺れる音、遠くを流れる川のせせらぎ。けれど――人の声も、車の音も、まるで最初から存在しなかったかのように、そこにはなかった。

「ご覧の通り、ここ“村”は、現在無人となっています」

 隣に立つ黒いスーツの男が、低く真面目な声で説明を続けた。

「調査に派遣された警察官二名も、消息を絶ったままです」

 神崎は、軽く目を細めながら村全体を見渡す。

 整然とした家々。庭の草木も刈られたまま。郵便受けには投函されたままのちらし。何一つ荒らされた形跡はない。それが、かえって異様だった。

「この件は“鬼”――もしくは、それに準ずる高位の想霊体による霊災と判断しております」

 スーツの男が続ける。

「これ以上は、警察では対処不能と判断し、正式に“想霊相談所”へ依頼を申し上げる運びとなりました」

 神崎は一つ、頷き、そして言った。

「かしこまりました。ご依頼、受けたまりました」

 丁寧に頭を下げると、彼女の身にまとう和服の裾が、風に揺れてさらりと音を立てる。その所作のひとつひとつが、まるで儀式のように静謐だった。

「何か、村に伝わる言い伝えや、伝説などは残っていませんか?」

「現在、調査の限りでは――これといった記録は残っていません」

 男の言葉に、神崎はふっと視線を落とし、考え込むように口を閉じた。

(この村は高齢化が進み、若者もいない。それでいて、このレベルの想霊体が“新たに”生まれたと考えるのは不自然ですね)

 あらためて、集落を見渡す。

山肌に点在する家々。そのどれもが、まるでつい数分前まで日常が営まれていたかのような、無傷のままそこに存在していた。

 村のはずれの水車が、静かに、何事もなかったように回っている。

(これは――“忘れられた神”の類かもしれませんね)

 胸中に浮かんだ推察を言葉にせず、神崎は目を伏せた。

 そっと、視線を上げる。

(……詠士さんと、凛にも協力をお願いしましょうか)

 スーツの男が、黒塗りの車の運転席に乗り込む。それを確認し、神崎も静かに後部座席へと身体を滑らせた。

 エンジンが始動し、車体が静かに動き出す。村の静寂の中に、唯一響く人工の音が森の奥へと吸い込まれていった。

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