3月25日は平将門の命日
平将門の乱をきっかけに日本各地で武装勢力の反乱が発生。
反乱自体は短期間で終息したにもかかわらず朝廷や貴族の間では平将門の存在自体がトラウマとなったようで、『怨霊』として後の時代まで怖れられることになりました。
反乱の原因と目的は当事者側の記録が殆ど無いため未だに謎が多く、定説が定まっていません。
・勝手に分割された父の遺領を取り返すための争いが拡大した
・国司の娘を誰が娶るかで一族同士の争いがあった
いずれにせよ反乱側も鎮圧側も勃興間もない武士勢力が主役であったことが従来までの貴族社会から大きく異なるポイントで、その点が後の武家社会にとっては『怨霊』以上に『先駆者』として畏敬されることになります。
神田明神はいわゆる『首塚』のために14世紀初頭に供養を行い、祭神として祀りました。
江戸時代になり江戸が実質的な首都として機能するようになると江戸総鎮守として平将門は江戸、ひいては江戸幕府そのものの守り神として崇められるようになります。
江戸の発展と共に浮世絵や歌舞伎が庶民の間で広まると、平将門は格好の題材となりました。
平将門の娘という設定の妖術使い『滝夜叉姫』の伝説なども形作られ、菅原道真や崇徳上皇と共に日本三大怨霊の伝承として成立したのもこの頃からとされています。
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