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瞼越しに、日差しの光を感じて目を覚ます。
そこはポレノフィアと戦う前にいた家屋の中だった。
別の家から持ってきたのか、以前はなかったベッドの上で、見覚えのない黒い服を着て寝ていたようだ。

ナターシャが、着替えさせてくれたのだろうか?
きょろきょろと辺りを見回していると、目当ての人物が、きぃという軋んだ音を立てながら部屋の扉を開けて入ってきた。

「おや、ようやくおめざめかい。この寝坊助が。」

「ナターシャ、あの……」
最後の記憶が蘇る。ポレノフィアにつぶされる直前に私を救った劫火と、初めて見る彼女の怒りの表情だった。
しかし、今の彼女には、あの時の怒った雰囲気はなく、いつもの嗤いを浮かべていた。

「まったく、困ったもんだよ。亡者どもの6割は使いつぶしちまうし、アンタも丸二日は寝ていたんだよ?」
二日間!?そんなに寝ていたの……?

ナターシャが近づきながら拳を振り上げる。
意識を失う前の光景を思い出し、自然と体が強張るが、予想していた衝撃は訪れず、ぽか、と軽く頭を叩き、私を抱きしめて耳元で囁いた。

「それで、満足できたのかい?」

「……うん。ありがとう、ナターシャ。そして、ごめんなさい。」

「そうかい。ならいいさね。」


「ただし、今回だけだからね。次に私が逃げろって言ったら、必ず逃げること!」

彼女は珍しく、真剣な表情で言った。

「……どうしても?」

最初は、ただ死にたくない、というその一心で、藁にも縋る思いで交わした契約だった。
だが、彼女との契約のおかげで、両親の敵を討ち、恐怖に追い続けられる人生から決別することができた。
今の私には、例え彼女がこの世界にとってどれほど邪悪な存在だとしても、最期まで共に隣に立ちたいという欲があった。

「どうしても!契約内容、忘れたわけじゃないでしょうね?アンタは、生きるために私の命令には絶対服従なんだからね。
 それに、私の目的のためにも、アンタには生きてもらわないと困るのよ。」
 
「ナターシャの目的って……?」

彼女のためなら、どんなことでもする覚悟があった。たとえこの手が血で染まっても。
しかし、彼女が一体何をするつもりなのか、それはいまだに謎に包まれていた。

「うーん、今言えるのは、この世界に混沌をもたらすこと……ってぐらいかな。
 ただねぇ……。この世界、私が手を下すまでもなく、十分に混沌としてるのよねぇ……」
 
目的については、はぐらかされた気がするが、世界が十分に混沌としている、というのはどういうことだろうか?
私の怪訝そうな顔を見てか、彼女は続けた。

「アンタは知らないだろうけど、アンタたちエルフェアルがこのグランゼンに侵攻を開始するのとほぼ同じタイミングで、各国は隣国に侵略を始めて、戦争状態に入ってるのよ。まるで、誰かが仕組んだかの如く、都合のよいタイミングでね……。
 まあ、これだけならまだよかったんだけど、さらに魔皇軍とかいう勢力が現れてきて、各地で暴れてるのよねぇ。各国が戦争をやめて、魔皇軍の討伐にでも動かない限り、遠からずこの世界は魔皇軍の支配下になるんじゃないかしら」

「それで、ナターシャはこれからどうするの?」

彼女は不敵に嗤いながら言った。

「もう種は蒔いてきたわ。このまま魔皇軍が世界を支配しても面白くないしね。とりあえず、今はここクラウデンブルクを守るのが優先かしらねぇ。誰かさんのせいで戦力が大幅に削れちゃったし。」

痛いところを突いてくる。

「アハハ、なーんてね。アンタの成長を考えたら、長い目で見たらプラスよ。
 さて、そんなアンタには、何かご褒美をあげてもいいと思ったりしてるけど、何か欲しいものでもあるかしら?」
 
私が欲しいもの……。
今の私は、ただナターシャと一緒にいられればそれでよかったのだけど。

「名前」

「ん?」

「エルフェアルだった私は、もういないから。あなたと共に歩むために、名前をつけて欲しい」

彼女にとっては意外な返答だったのか、ひとしきり悩んだのちに、こう告げた。

「名前ねぇ。アンタって、本当に欲がないわね。まあ、でも、術師にとって、名前は重要だものね。
 そうね。エデル・ブラックモア、なんてどうかしら。私と同じ家名だし、これからは家族、と言えるんじゃないかしら。」

エデル・ブラックモア。不思議な感覚だった。まるで、今まで失くしていたものが、戻ってきたかのように、違和感なく受け入れられた。
手の甲に、冷たい水の感触がした。
気が付くと、私の瞳からは、涙が頬を伝っていた。

「あーあー、アンタはそうやってすぐ泣くんだから。嫌だっていっても、取り消さないからね。」

「ぐすっ、これは、別に嫌なわけじゃ……」

「泣くほど嬉しいってか。ま、それじゃ名づけ冥利に尽きるってもんだね。
 そうだな、もう一つ、これをやるか。」
 
そういって彼女は私に近づき、首の後ろに手を回して、時折黒く輝く赤い宝石のついたネックレスをつけてくれた。

「うん、似合うじゃないか。そいつはお守りみたいなもんだから、肌身離さずつけておくんだよ」

「うん、ありがとう、姉さん」

「……家族って言ったのは確かに私だが、なんかそういわれると照れるわね」

ああ、私にも家族ができたんだ。
両親を失って以来、逃げ続けてきた私の人生の中で、ついに私は欲しかったものを手に入れたのかもしれない。
今度こそ、失くしてなるものか。何をしてでも。

私が、一人決意を新たにすると、爆音が突如として響き渡った。

「チッ、折角の新しい家族との団欒を邪魔する奴が来たか。ま、今の私たちはこの全世界が敵みたいなもんさね。
 エデルも、覚悟を決めな。」
 
「うん、姉さんと一緒なら大丈夫。」

「うーん、その呼ばれ方、やっぱりなんか慣れないわね……。」

そうして、私たちは邪魔者を排除すべく、外へと向かった。

to be continued…

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