『蒼天に消えた影 〜幻の撃墜王・綾瀬茜と記憶の空〜』前編
祖父の生まれた家は空襲で焼失して、綾瀬家は立川に住まいを移していた。その古い屋敷を整理していた葵(元・航空自衛隊整備士、現在は航空史研究家 28歳)は、かつて一度も語られなかった「大叔母・茜」の存在と、旧式の航空写真、機密の匂いがする設計図、そして一冊の手記を見つける。
祖父も、父も「昔から綾瀬家には“空の女”がいた」とは語りたがらなかったが、父が一度だけ『葵は茜叔母さんに似たのかな』と言ったのが記憶に強く残っている。
しかしその残された証拠は、明らかに公式記録と一致しない、もうひとつの「空の戦い」を示していた。
第一章 遺された手記
春の終わり、東京の外れにある古びた蔵の中で、綾瀬葵は埃まみれの木箱を開けた。東京大空襲の時に曾祖母が自分の命より大事に持ち出した箱だと聞いた。
祖父の十三回忌を終え、実家の整理に戻ってきた葵は、誰も入らなくなった蔵の奥に何か引っかかる気配を感じていた。
長年閉ざされた木箱の中には、古い写真、手帳、そして一枚の設計図のような紙が丁寧に巻かれて入っていた。
その紙には、見たことのない戦闘機の設計図と「震電改 試作弐型」と朱書きされた文字。葵は整備士として航空自衛隊に在籍していた経験から、設計図の精緻さと現実離れした推進構造に息を呑んだ。
そして、手帳の最後のページにはこう記されていた。
――昭和十八年二月三日、出撃。敵編隊、十機撃墜。天狐、まだ飛べる。
「天狐……?」葵はつぶやいた。聞いたことのない名前だった。
それが、綾瀬茜という存在にたどり着いた最初の一歩だった。
第二章 天狐の記録
数日後、葵は設計図を持って航空史の専門家を訪ねた。
初老の教授は設計図を一目見るなり目を見開いた。
「これは……幻とされていた震電の改良型だ。公式には存在しないはずだが……それに明らかに製造後に修正を加えた形跡がある。震電の改良型、実在したのかも。」
さらに、手帳のページには複数の戦果記録が記されていた。
奇妙なことに、それらの日時と場所は、米軍の記録と突き合わせると、ある“未確認迎撃機”の報告と一致していた。
「Red Flash(赤い閃光)……F6F ヘルキャットさえ相手にならなかったという」教授はつぶやいた。
「当時、南方戦線でアメリカ軍パイロットが名も知らぬ迎撃機を恐れていたという話がある。限界高度、速度、旋回性能全てにおいてヘルキャットを超えていたが残っているのはコードネームだけだ。」
葵は確信した。綾瀬茜は、かつて空を飛んだ戦士だったのだ。
第三章 記憶の空へ
蔵の奥から見つかったもう一つの手紙には、こう記されていた。
――もし誰かがこれを見つけたなら、私はあなたに私の空を託します。
それが、綾瀬茜の最後の言葉だった。
手紙の裏には、九州の座標が記されていた。
葵は手記に挟まれていた一枚の写真を見つめる。
戦闘機の前で笑う若き女性の姿。そこに記された名前――綾瀬茜。
彼女は葵の大叔母だった。
物語は、空に消えた“天狐”の真実を求めて、再び動き始める。
続き
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