ナヘラの戦いで軍勢を率いる残響王ペドロと黒太子エドワード
イングランド側にとっては、フランス寄りのエンリケがカスティーリャ王になると、強力なカスティーリャ艦隊がフランス側につく危険があった。だからペドロ支援は、百年戦争の国際戦略にも関わっていた。
しかし、ペドロは黒太子に対して、軍事支援の見返りとして金銭的報酬を約束していたにもかかわらず、ナヘラ勝利後に十分な支払いを果たせなかった。その結果、黒太子は遠征費を回収できず、アキテーヌに重税を課すことになり、これが不満を招いた。また黒太子は健康を害し、1376年に病死する。
さらにペドロは「残酷王」と呼ばれるほど苛烈な人物で、黒太子はナヘラ後、敵対者の命を助けるよう求めたのに、ペドロは一部を処刑したと伝えられている。これは2人の価値観の違いを示すエピソードとしてよく語られる。
それでも、少なくとも王侯同士の盟約関係はあった。ペドロは窮地で黒太子を頼り、黒太子は大軍を動かして彼を復位させた。ペドロの娘コンスタンスとイザベラは、支払い保証の人質として黒太子側に預けられ、のちにコンスタンスはジョン・オブ・ゴーント、イザベラはエドマンド・オブ・ラングリーと結婚した。薔薇戦争で相まみえるランカスター、ヨークの両家にその血を残した。
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