📘絵本|うみのために うたう
魚たちが きらきらと 泳いでいました。
ふわふわ 揺れる 海草、
小さなエビたちが かくれんぼを しています。
そのまんなかで、
人魚姫が、やさしい声で 歌を うたっていました。
その歌は、海の仲間たちのあいだを ゆったりと流れて、
みんなの心を あたためていました。
「海って、いいな」
泳ぐたびに 揺れる光、
歌うたびに 広がる気持ち。
そんな日々が ずっと つづくと、思っていました。
そんなある日のこと――
「コツン……」
なにかが 人魚姫の 背中に、軽く 当たりました。
ふりかえると、
海の中に、ひとつだけ 浮かんでいる、
すきとおって、口が小さく、まるい形をした、
見たことのない 入れものが 見えました。
そっと 手に ふれてみると、
つるつるしていて、すこし かたくて、
海のものとは ちがっていました。
中を のぞいてみると、
小さなエビが 入っていて、もぞもぞと 動いていました。
出たくても出られないようで、うろうろと 不安そうに 動いていました。
きっと、入れものの どこかに あいた 小さな穴から、まよいこんだのでしょう。
人魚姫は、それを そっと 手にとると、
パコッ、と 小さな音がしました。
びっくりしながらも、ふたのような 口を やさしく 回すと、
中に とじこめられていた エビが、そっと 顔を出しました。
人魚姫は、そのまま ゆっくりと 傾けて、
エビを 海の中へ 返してあげました。
「ありがとう、助かったよ!」
エビさんは、ぴょんと 跳ねて 言いました。
しばらくすると――
海の流れに のって、ゆらゆらと 近づいてきた、
まるで 海草のように 揺れる、半透明な 白いふくろが 見つかりました。
その中では、小さな魚が、
袋の中でもぞもぞと 動いていて、
ちょっと 困っているように 見えました。
人魚姫は、そっと その口を 開いて、
さかなさんも 海へ 返してあげました。
さかなさんも、ほっとしたように 尾びれをふって、泳いでいきました。
「ありがとう!またね!」と、さかなさんは 尾びれをふって 言いながら、海の中へ 元気に泳いでいきました。
そして、少し 不安な気持ちで あたりを 見わたすと――
さらに 小さな つぶつぶが、
海の中を ただよっているのが 見えました。
すきとおっていて、よく 見ないと 気づかないほどの、
手のひらに のるくらいの、こまかい かけらたちです。
「これ…… 海のものじゃ ないみたい……」
ふわふわと 浮かんできたのは、
人魚姫には 名前の わからないものたち。
ときどき へこんで、パコッと 音が鳴る、
すこし 固くて 空っぽの、ふしぎな 入れもの、
ひらひらした 白いふくろ、
そして、どこからか 流れてきて、ちらばっていた、つぶつぶの かけらたち。
それは――
人間が 使い終わった ペットボトルや、
スーパーの ビニール袋。
それらが、時間が たつうちに、ばらばらに なって、
こまかく こわれた プラスチックの かけらたちだったのです。
そのとき――
人魚姫の尾びれが、
気づかないうちに プラスチックの かけらに ふれてしまって、
小さく「いたっ……」と 声がもれました。
まわりには、いつのまにか たくさんの かけらが 浮かんでいて、
泳ぐたびに 尾びれが ふれてしまいそうです。
歌おうと 体を動かすたびに、
どこかに かけらが当たりそうで、気をつかってしまいます。
歌いたい気持ちはあるのに、思うように 声が出せません。
「歌うのも、泳ぐのも、
ちょっぴり 大変……」
人魚姫は、なんだか 少し かなしくなりました。
うたっているときの、胸の奥から ひろがっていくような あたたかさ。
泳いでいるときの、水とひとつになれるような 気持ちよさ。
そのどちらも、今は 少しかすんで、遠くに 感じられます。
「どうして こんなことに なってしまったんだろう……」
人魚姫は 胸に 手をあてて、しずかに 考えこみました。
そのとき、そばにいた クラゲさんが、そっと近づいてきました。
人魚姫のまわりに 浮かんでいた プラスチックの かけらを、
クラゲさんは ゆっくりと ひとつずつ 集めて、器用に よけてくれました。
すると、まわりから 他のクラゲさんたちも 集まってきました。
エビさんも、さかなさんも、海草さんも、
それぞれが 人魚姫のそばに来て、
ごみのかけらを 少しずつ 集めてくれました。
海の仲間たちが いっしょに 手伝ってくれて、
人魚姫のまわりは、すこしずつ きれいになっていきました。
「ありがとう……」
人魚姫は、そっと ほほえんで 言いました。
クラゲさんは ふわふわと うなずくと、やさしく 言いました。
「海に住む仲間じゃないか。おたがいさまだよ」
人魚姫は、静かに 海の上を 見上げました。
そこでは、太陽の光が、
水のむこうに きらきらと 見えました。
その光は、ひんやりとした海の中で、
ふんわりと あたたかく 感じられました。
まるで、人魚姫の気持ちに 寄りそって、見守ってくれているようでした。
そして、人魚姫は 小さな声で そっと つぶやきました。
「きっと、地上のひとたちも、こんなことになるなんて 思っていなかったんだろうね。
でも、気づいてくれたら、それだけで うれしいな……」
そう思ったとき、人魚姫の胸の中に、
ことばのような、うたのような、
光が 差しこむように、あたたかい気持ちが そっと 胸に ひろがってきました。
人魚姫の胸の中に生まれた その気持ちは、
やがて 歌になって、そっと くちびるから こぼれました。
その声に、エビさんも、さかなさんも、海草さんも、クラゲさんも、
みんなが そっと 立ち止まって、耳をすませました。
♪ 海は 大きなおうちだよ
海の仲間 みんなで 暮らしてる
少しだけで いいからね
海を 大切にしてくれたら うれしいな ♪
海の中で やさしく 響いた その歌は、
少しずつ、やさしく、
風にのって、町のほうへと 届いていきました。
それは、地上の人たちの、だれかの心に とどいて、
そっと 海のことを 思い出す きっかけに なったのです。
呪文
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