京都市電その❶
観光客を運び、学生を運び、商店街をつなぎ、
京の町を静かに、しかし確かに支えていた。
だが廃止は唐突で あまりにも簡単だった。
都市の空洞化、モータリゼーション、
“渋滞の原因”という分かりやすいレッテル。
誰も振り返る勇気を持たないまま、
レールは次々と剥がされていった。
“廃止すれば解決する”という幻想
地下鉄ができても渋滞は消えなかった。
バスに置き換えても輸送力は落ちるだけだった。
路面電車の廃止で交通が良くなる、
そんな話はどの都市でも聞いたことがない。
東京でも大阪でも、
地下鉄が伸びても道路は相変わらず詰まっていた。
それでも、京都の街角には今も市電の記憶が残る。
復活したかのように描かれる市電の姿は、
“もしあの時、別の選択ができていたら”という
都市の深い後悔と、静かな願いの表れだ。
廃止は簡単。
だが、失われたものを取り戻すのは、
あまりにも難しい。
何かのせいにする これも簡単
だが、原因を特定するのは難しすぎる。
呪文
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