盆栽その❶
西洋では「花のない生活なんて考えられない」とよく聞く。
家の中に花があることが、暮らしの前提であり、
日常の風景として根づいている。
では、日本はどうだろう。
お彼岸の仏壇でもあるまいし、
花を活けること自体がどこか“特別なこと”になっている。
いつもそこにあるもの、というより、
節目にだけそっと姿を見せる存在。
思い返せば、祖父の家の盆栽もそうだった。
普段は庭の日当たりの良い場所に置かれているのに、
正月やお彼岸、お盆になると、
まるで客人のように家の中へ迎え入れられる。
この前、クリスマスに出そうとしたら祖母に止められたのも、
きっと“日本の季節の感覚”がそうさせたのだろう。
入学式や卒業式でも、
校長先生の横で堂々と構えていた松の盆栽を思い出す。
「高いんだろうね」とみんなで囁き合いながら、
あの存在感にどこか圧倒されていた。
本来はとてつもなく大きくなる木を、
あえて小さな鉢に収め、特別な日にだけ人前に現れる
——その姿が妙に格好よく見えた。
日本人にとって自然は、日常に溶け込むものというより、
節目に寄り添い、場を整え、時間の流れを静かに語る存在なのかもしれない。
だからこそ、特別な日に見る盆栽は、どこか誇らしく、
そして少しだけ自分のルーツを思い出させてくれる。
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