【歴史:『1412年、彩飾画家が見たベリー公ジャン』】
賢王シャルル5世の弟でありながら、領主としては失政続きで領民を苦しめた“ダメ領主”。
しかし、審美眼だけは群を抜いていました。
その一点だけで、彼は中世芸術の最大級のパトロンとなり、数多の写本・装飾芸術を育て上げた人物でもあります。
政治家としての業績は糞みたいなものですが、それでも彼が残した『ベリー公のいとも豪華なる時祷書』は、何物にも代えがたい功績だと個人的に思っておりまして、それがどうしてもこのじじいを描かせてみたかった理由です。
時祷書とは、「一日の祈りの時刻ごとに読む祈祷文をまとめた、中世の信徒が携行するための個人用祈祷書」 で、王侯のために作られたこの作品には美しい月暦画が描かれていました。
『いとも豪華な時祷書』の月暦画は、王侯の生活だけでなく、農民の一年の農作業まで描かれており、当時の農村社会を知る資料としても価値が高いものです。
また、12か月それぞれの背景には城が描かれていますが、
そのすべてがベリー公ゆかりの城です。
狩猟地、所領、滞在した館──彼の人生そのものが月暦画の背景として刻まれています。
特に面白いのが 3月。
この月だけは、空にドラゴンが悠然と飛んでいる。
これはフランスの メリュジーヌ伝説 に由来し、
ベリー公の家系と深く結びついた“建設の精霊”の象徴です。
この月暦画を描いたのはリンブルク兄弟(たしか三兄弟)。
今回のシーンは、制作途上の工房をベリー公が訪れたかもしれない──
そんな芸術家視点の“もしも”として描いてみました。
映っている月暦画は、完成品には存在しないもの。
きっとベリー公の鋭すぎる審美眼によって弾かれたのでしょう。
結局、完成を待たずしてベリー公ジャンも兄弟も死んでしまうので、完成品を見ることはありません。
後世では超有名な写本も、この時代ではまだ誰も“名作”だと思っていない。
その一瞬を切り取った場面です。
黒太子やジャンヌ・ダルクが「歴史を動かす人間」なら、ベリー公ジャンは 「金で芸術を動かす人間」 といえるでしょう。
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