星降る夜に
王宮主催の夜会の喧騒としがらみの煩わしさから逃げ出した先には先客がいた。
下層に張りついたような回廊に火の点る燭台などなく、ただ開口部から眼前に広がる王都の灯りと星明りが射し込むのみ。その朦朧とした薄闇の中で先客である女性は玲瓏と輝いて見えた。夜陰に沈むようなドレスはむしろその艶が最大限に引き出されている。それとは対称に露わになった肩は雪のようで、そのかんばせにはまだ少女の面影が濃い。何よりもその銀糸とも見紛う短い髪は月影冴える。
たいそう上質のドレスは彼女の家柄を示しているのだろうが、王宮の夜会に漆黒のドレスを纏う令嬢もいないだろう。ぼくのような下級官吏ですら今夜は着飾っているのだ。さて何者なのだろうと考えていると、ふいに彼女の双眸と視線が交差した。彼女もまた、突然の闖入者を観察していたのだ。
――ふうん、あなたも興味深い運命を背負っているのね。
心の奥底を覗き込むかのような響きにぼくは思わず後退る。一体何を見られた? 薄闇の中に彼女の双眸が――藍晶石が燦めく。
――別に取って食いやしませんよ。
今夜は特別ですから。そう囁く彼女は開口部――広がる王都の軒灯とそれ以上に広がる星空を指し示す。つられて見上げた先で光が一筋流れた。続けてもう一筋。
いつの間にか側に立っていた彼女に気がつきぎくりと体を強張らせた。目線だけで彼女を伺えば耀き増す透き通るような藍晶石に吸い込まれそうになる。
魔術の発動――魔術師か――。
いやしかし王宮魔術師に若い女性はいなかったはず。
そこまで考えたところで記憶の底から引き出されたものがあった。魔術師や錬金術師たちの部屋が集まる王宮の外郭、貴族に王宮の官吏に女中たちから魔窟とも迷宮とも怖れられる一郭。そこに“魔女”と呼ばれる女性がいる。いま真横に立ち流れ星の雨を降らせている、月の精霊かとも思った可憐な彼女が“魔女”なのか――。
「我々は星の動きを見つめる者。運命を読み解く者」
――これは魔法でもなんでもありません。今夜は流星群の日に当たるだけです。
魔術は後者ですね。そう嘯いて微笑む彼女の双眸から目が離せない。囚われ絆がれたぼくに“魔女”がまじないを射ち込む。
「ねぇあなた、わたしのところにいらっしゃいな――」
――これがぼくと次席占星術師の“魔女”との出会いだ。
彼女の呪いのおかげで、次に見られるのは七十年後だという流星群をぼくはまともに楽しむことはできなかった。
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先日のユーザー主催投稿企画「星空」で投稿した『Astrologia』が累計3位となりまして驚いております。
ありがとうございました。
呪文
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