【第36話:最終回】《静かなる夜明け》
満ちていた光はやがて収束し、空にはわずかに残された月のかけらが漂う。
静寂の中、ひとつ、靴音が響く。
神殿の奥深く、崩れかけた柱に囲まれたその場に、フィリアはひとり立っていた。
彼女の肩にあるのは、かつての戦いの重みではない。
“迷い”を乗り越えた心の静けさと、ここまで歩いてきた確かな足跡だった。
背に揺れる左右非対称の翼は、光の粒子となって宙へ溶けていく。
それは“終わり”の印ではなく、“受け入れ”の証。
白と黒、光と影――
ふたつを抱きしめた少女が今、ただ静かに目を閉じる。
遠くから、朝の風が届いていた。
石の隙間から差し込む光が、やわらかく頬を照らす。
剣は手放され、胸の前にそっと添えられた両の掌が、祈りではなく“誓い”を象っていた。
――私は、ここにいる。もう、ひとりじゃない。
やがて彼女は、歩き出す。
重々しさのないその一歩には、不思議なほど確かな力が宿っていた。
扉の先――
ひび割れた石畳を抜けた先に広がっていたのは、朝靄に包まれた広大な丘だった。
その丘の縁に立ち、フィリアは小さく振り返る。
崩れかけた神殿が、朝の光に溶けるようにして佇んでいた。
その姿には、もう“恐れ”はなかった。
背にはもはや翼はない。
けれど彼女の肩甲には、淡く浮かぶ光の紋章が確かに灯っていた。
それは、かつて共にあった“もうひとり”の存在が、今も彼女の中で息づいている証だった。
風が吹いた。
草がそよぎ、足元に小さな花びらが舞い落ちる。
空には夜明けとともに淡く残る月、そして新しい朝の太陽が重なり始めていた。
境界の空。
“これまで”と“これから”のはざま。
そして、彼女は一歩、前へ踏み出した。
それは帰還ではない。
“始まり”への、再出発だった。
もう振り返らない。
その背にあった影も光も、すべては今の“わたし”を支えてくれる。
だからこそ歩ける――
この新たな世界を、今度は“自分の意志”で。
丘の上で、光に包まれたフィリアの背中は、確かに未来を向いていた。
それは、夜明けに咲いた“静かな誓い”だった。
呪文
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