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「練習行くよ!」

その一言で部屋にけだるそうに漂っていた空気が跳ねた。

誰かの声が明るく響いたわけじゃない。でも十分だった。その言葉が空気を動かし、部屋の温度を変えていく。

練習着の布地が、布団に擦れる音。

誰かが立ち上がると、髪が跳ね、肌が光に浮かび上がった。膝の白さ、腕の丸み、火照った首筋。その全部が朝の光を浴びて、すこしだけ笑顔を照らす。

笑っている。そっと、こっちを。

目が合ったわけじゃない。でも視線の先は、俺の顔のほうに伸びていた。顔を見たその瞬間、唇がゆるんで、頬がほころんだ。

「……まだ寝てる〜〜」って、言い出しそうな照れくささが、空気の奥に溶けていた。

着替え始めると、匂いが変わった。

布団に沈んでいた匂いは、少しずつ練習用の空気へ移行していく。タオルの香り、柔軟剤、火照った肌に吸い込まれていた石鹸の甘さ。
乾いていた練習着が火照った背中にふれるとき、その一瞬だけ匂いが膨らんだ。

膝を出した誰かの足が、他の子のすねにふれて、思わず笑みがこぼれる。笑顔は言葉を越えて広がる。視線が揃う。肩が揺れる。

肌同士の間に、練習に向かう準備の熱が宿ってくる。

髪が肌にふれた。

指先が練習着の裾を直すとき、静かな音と一緒に、昨日の汗がよみがえる。けれど、それは不快じゃなかった。む
しろ、空気がきちんと“部活の朝”へと染まり始めたことを教えてくる。

もう誰も布団の中には戻らない。

それでも、笑顔の一部はまだ“こっち”を向いていた。先生の頬のそばに視線が留まる。その一瞬だけ、笑ってる顔がやわらかく揺れて、口元がふわりと開いた。

練習着は肌に密着して、光に浮かんでいる。そこからの匂いが、外の世界へと移っていく。布団のぬくもりが消えて、空気が新しくなる前の、その、ほんの一瞬。

そしてもう一度、誰かが言う。

「練習行くよ?」

彼女たちの着替えをぼぉっと眺めていた俺も、はっと目が覚めた。

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