★静寂回路RINA❷
そのひとつが、メイド型家事支援アンドロイド《RINA-12》。彼女は今はもう存在しない旦那様の家を、誰の命令でもなく守り続けている。朝、埃を払って窓を磨き、崩れかけた戸棚に丁寧に食器を並べる。台所では空になった缶を並べ、まるで本当に料理をしているかのように動作を繰り返す。
かつては真っ白なエプロン、優雅なヘッドドレス、整った容姿のRINA-12だったが、今では部品の多くが壊れ、義手もむき出しのまま。人工皮膚の一部も剥がれ、冷たい金属が露出している。それでも彼女は、壊れた腕で買い物袋のようなものをぶら下げ、毎日同じ時間に外出する。
目的地はもう機能していない商店街。
そこに《YUKI-03》と名乗る女子高生型アンドロイドが立っている。YUKI-03とは旦那様の屋敷の前で会う時もあるし、学校の前で会う時もある。古いタイプだが、比較的状態は良好で、制服姿を維持している。
会話の申請は決まってYUKI-03からだ。
YUKI-03は笑顔で言う。
「RINA。今日のお買い物はなんですか?」
RINA-12は一拍置いて答える。
「……お米と、お醤油、ガーリック…、旦那様のお好みですので。」
YUKI-03は軽く首をかしげながらも、「一緒に帰りましょう」と言って並んで歩き出す。二体のアンドロイドが肩を並べて廃墟を歩く姿は、まるで人類の最後の残像のようだった。
その夜、誰もいない家の食卓に、RINA-12は空の皿を並べ、姿勢を正して言う。
「お食事のご用意ができました、旦那様。」
…返事はない。
かつては褒められたことも罵声を浴びせられたこともあったがRINAにとってそれらは同じ価値をもっていた。
今も彼女の瞳には、わずかに淡い光が宿っている。
まるで、それこそが「お給仕の心」とでも言うかのように。
呪文
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