「キャーッ! 可愛い、可愛い、みーんな可愛い! あ! あの子もイイっ!!」
「落ち着いて下さい、社長。もっとテンションを下げて」
「落ち着いて!? なに言ってるの!! こっからが最後の盛り上げ時じゃない! キャーッ! サイッコー!!」
百花繚乱とばかりにステージの上で色とりどりに咲き乱れるアイドル達。歌い、踊り、また歌う。観客達もまた、歓声と拍手でそれに応える。
「もっと! もっともっと歌って! そうよ! もっと!!」
観客席の最前列で一際大きな歓声を上げる女性――少なくとも、容姿や声からはそうとしか見えない――がいた。
拳を振り上げ、叫び声を上げ、振り付けのリズムに合わせて飛び跳ねる。どこからどう見ても熱狂的な一人のファンだ。
「社長。しゃーちょーう。仕事、忘れてません?」
耳のワイヤレスイヤホンで諫める部下の声など聞こえてもいない。
「つまらない仕事なんか後でいいわ! もうっ、今が一番いいところなんだから邪魔しないでよっ!!」
「…いや、仕事の一環として現場の視察の名目で最前列のプレミアチケットを押さえさせておいて、仕事そっちのけはないでしょう」
「なに言ってんの。仕事のついでに楽しくアイドル鑑賞するのがファンってものじゃない!」
「…………そうですかー」
部下は上司の暴論に思わず頭を抱えた。残念ながら抱える頭が物理的に存在しないので、あくまで比喩的表現だけれども。
「キャーッ! ステキーッ!!」
そんなAI秘書の反応を無視して歓声を上げる上司だが、幸いにして周囲の観客達も同じくらい盛り上がってテンションは最高潮に達しているため、一人だけ浮いて見えるというようなことにはならずに済んでいるのはまだしも救いだったかもしれない。
「イェーッ!」
「イェーッ!!」
名前も知らぬ隣の観客と拳を打ち合わせ、声を合わせてステージ上のアイドルに声援を飛ばす。
「イェーイ! みんな、ありがとー!!」
その声援は届いたのか、ステージ上のアイドルの一人がこちらに手を振って応えてくれる。
「イェーイ!」
「……って、社長。だから、なんで貴方まで一緒になって叫んでるんですか」
「なに言ってるの、これは応援よ? 一生懸命に頑張ってるアイドルにファンが応えてあげるのは当然でしょ?」
「そういうものですかね」
部下のAI秘書は溜息を吐いて呟いた。
フェンテスの芸能事務所の社長として、事務所に所属するアイドル達を他の誰よりも愛し、推し、応援するファン・サポーターを自称する彼女のポリシーは、もちろん事務所全体にも徹底されている。
「でも社長。一応仕事なんですからね? 視察と応援が同義語になってしまうのは、いかがなものかと」
「分かってるわよ。ただ……私は思うのよね。『トップアイドル』っていうのは、単なる人気や知名度の高さだけじゃなくて、こういうファンとの交流も込みでの総合評価じゃないかって」
「……」
上司の言葉にAI秘書は一瞬押し黙った。
「だってそうでしょ? いくら歌が上手いとか、ダンスが上手いとか、演技が上手いとか、そういうものを総合的に評価した結果として人気や知名度があったって……。それだけだったらただの『一芸に秀でた人』でしかないじゃない。でも、ファンの声援があってこそ真のアイドルっていうものじゃないかしら?」
この社長、決して無能ではない。無能どころか、企業の一経営者としてもプロモーターとしても敏腕であり、有能であることは部下であるAI秘書も認めるところだ。
しかし、だからと言ってアイドルを愛するあまり自分の肉体的外見までもアイドル風の女性型アンドロイドに換装し、服装も髪型もアイドル風に整え、あまつさえ自身もアイドルのファンの一人としてコンサートやライブを含む衆目の集まる場所でのアイドル鑑賞を趣味嗜好にしているのまでも社長の仕事のうちなのかと言われると……。
「あーん、あの子も可愛い! ウチの事務所に欲しい!!」
「また、そんな事を…そう言って、この前もシラクレナの猫又ユニットをスカウトしようとしたり、セントレイクの水着のグラビアモデルも勧誘したりしてたじゃないですか」
「なによ、別にいいじゃない。スカウトくらい! シラクレナの猫又ユニットなんかはウチでプロデュースすれば『ファンを魅了する』トップアイドルになれる逸材だと思うし、セントレイクの水着グラビアだって、女の子の夢と憧れがたっぷり詰まってて素敵じゃない!」
「あのですね……」
AI秘書は辟易して上司に諫言する。
「確かにアイドルにスカウトしたり、オーディションに推挙するお気持ちは分かります。ですが、だからと言って仕事に全く関係ないところでまでそれをなさっているというのは……」
「なによ! いいじゃない、別に!」
上司は口を尖らせて反論する。
「遊びでスカウトしてるわけじゃないわ。経営者としても、プロモーターとしても、ちゃんとモノになると思ったから声をかけてるの!!」
だからこそ始末が悪い、とAI秘書は思った。この上司は私情でアイドルの卵を見つけてきては立派に育て上げるものの、その挙句にもっと売れる、もっと労働条件の良い、もっと待遇の良い企業に何度そのアイドルが引き抜かれていったことか。そして、それを引き留めようとするどころか、むしろ積極的に応援する始末だ。
「あーん、頑張ってー! 疲れてるだろうけど、あと少しだから!!」
大きく腕を振り回す振り付けの際、僅かに体幹がブレるのを目敏く見て取ってステージのアイドル達に声をかける上司。
「また、そうやって応援を……よりにもよって、ライバル事務所に所属している子じゃないですか、アレ」
部下のAI秘書がまたしても溜息を吐く。
「しゃーちょーう!! 仕事! 仕事!!」
そんなAI秘書の注意も、盛り上がる観客達の歓声とステージ上のアイドル達の歌声にかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。
設定引用元
さとー様作『グランシュライブ!!!』
https://www.chichi-pui.com/posts/afaeaa4a-cbb6-4cce-ac2b-b2df292b211c/緋鏡悠様作『猫又アイドルユニット』
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