青春の匂い-朝-②
息は静かで、体中の筋肉も緩んだまま。
部屋には、生徒たちの微かな動きと、練習着に擦れる音だけが響いていた。
だが、それは“起こさないように気をつけている”わけじゃない。
むしろ“起こす直前の静けさ”だった。
空気は甘い。
昨日の汗が乾ききらないまま混ざった香り。
掛け布団に残る石鹸、髪からふわりと立ち上るシャンプー。
そのすべてが、今朝の火照った肌の熱と混ざって、空間全体をややこもらせている。
先生の足元に近づいた蘭の膝が、布団の端にそっと沈む。肌の白さが畳の色と対照をなし、ちらりと見えるふくらはぎは、汗ばみつつも柔らかく、光を吸い込んでいた。
ひなたの指先が、掛け布団の端を少しつまむ。
ゆるくつかんだまま、何度か左右に動かす。その動きのたびに、布団の中の空気が揺れて、先生の肌に誰かの熱が間接的に届く。
生徒たちは声も出さず、ただこっちを見つめている。
けれど、その肩の角度、目線のそらし方――全部が“これから何かする”前の空気に変わっていた。
美月の髪が、風もないのに揺れる。誰かが動いた、そのほんのわずかな熱で毛先がふわりと上がる。
そして、それが隣の肌にふれて、かすかな震えが生まれる。
肌同士はまだ直接ふれていない。
だけど、もう距離はゼロに近い。
匂いもまた変化していた。
昨日と同じシャンプーでも、汗と混ざって違う香りに。
乾ききったタオルの甘さ、掛け布団に染み込んだ柔軟剤の余韻。
そして、布団の中のぬくもりに触れて、全体が“いたずらの直前の香り”に変わっていく。
笑い声はまだない。だけど、空気は笑っている。
この緊張感は、いつもの教室でのスタートラインのそれとは違う。
もっと小さくて、もっと柔らかい。
肌のぬくもりと匂いが織りなす、「これから触れる」前の空気。
俺はそれでもまだ寝たふりを続ける。
生徒たちには、ちょっとした許可のように感じられる。
空気全体が、「触れていいのかも」と囁いていた。
呪文
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