79000いいねありがとう
思い返すと、あの赤いリボンは確かに七万四千のあたりで拾ったものだった。風に抜けるように軽くて、誰かがなおしてくれるのを待っているみたいだった。七万五千では、「ありがとう」をぽんと置いてきた。あれが誰かのポケットに滑り込んで、朝のパンを少しだけおいしくしているのかもしれない。どれも大げさな出来事じゃない。けれど、そういう小さなやり取りが積み重なって、世界の輪郭が少しだけ良く見える瞬間がある。
去年、コンビニで箸袋を拾ったときのことを思い出す。あの時も、誰かの見落としが別の誰かの気づきになった。数字が通るたびに、見えない郵便受けがかすかに震える気がするのは気のせいだろうか。気のせいであってもいい。気のせいは、たいていいい具合に仕事をしてくれる。
少しだけ開いた封のことを僕は忘れていない。封の口には、銀色の糸みたいなものが絡んでいた。完全に開くのはまだ先かもしれないけれど、次の角で誰かが小さく手を振る音は、もう遠くから聞こえている。どちらにせよ、そのとき僕はポケットを探して、あの「ありがとう」をもう一度取り出してみるだろう。
ありがとう、を言うのは簡単だ。だけど言いたくなるから、また言うんだ。次の数字で、またちょっとだけ景色が変わっていればいいと思う。どうか、風が良い方に吹きますように。
呪文
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