ロスジェネ 第2話 「再び入社する」
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アラーム音が鳴り響く。
蓮は慌てて目を覚ました。辺りはまだ薄暗く、カーテンの隙間から差し込む朝焼けの光が静かに部屋を照らしていた。
スマートフォンの画面には、こう表示されていた。
「4月1日(木) 6:00」
「……マジ、かよ」
確かに、昨日は――いや、“昨日のはずだった日”には、すでに退職代行を使って会社を辞めていた。
それなのに、今はまだ入社式の朝。スーツもきれいにハンガーにかかり、机の上には母が早起きして用意した手作り弁当があった。
「お母さん、もう作ってくれたのか……」
蓮は呟いて、それをそっと手に取った。
昨日、食べることさえできなかった弁当。その重さに、母の願いが宿っている気がした。
鏡の前に立つと、自分の顔に見覚えのない“決意”が浮かんでいた。
昨日の自分とは、少し違う気がする。
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再びやって来た、入社初日の朝。
蓮は同じ道を通り、同じように会社のビルへと足を踏み入れた。だが、見えるものは微かに違っていた。
「おう、新人。今日もガチガチだな」
昨日、最初に声をかけてきた先輩社員・永沼が、同じように肩をすくめて笑った。
昨日は、この人の何気ない一言が重くのしかかってきた。
だが今日は、蓮は少し違う反応を見せた。
「はい……緊張してます。でも、頑張ります」
永沼は意外そうに目を丸くし、それから少し笑った。
「そっか。ま、頑張れよ。おれも昼はカップ麺だから、仲間だな」
思わず吹き出しそうになった。
あの時は、ただ冷たく感じたやり取り。けれど、言葉ひとつで印象はこうも違う。
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配属先でも、状況は同じように進んだ。
「これ、午前中までにやっといて」と、初見の資料とExcelファイルがメールで飛んでくる。
昨日の蓮は混乱してパニックに陥り、声すらかけられなかった。
でも今日は――
「すみません、これに関して少しだけ教えていただいてもいいですか?」
先輩社員のひとりが、驚いたように蓮を見た。
「え? ……あ、まあ、少しだけなら」
数分の説明。それだけでも、状況は格段に違った。
“昨日”の自分には、それすらできなかったのだ。
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昼休み。
昨日はベンチに一人、スマホで「退職代行」を検索していた。
今日は、社食の隅で弁当を広げていた。
「手作り? すげーな。俺なんか毎日コンビニ」
声をかけてきたのは、同期の藤木 蒼一(ふじき・そういち)。整った顔立ちに人懐っこい笑顔を浮かべた青年だった。
「……ああ、うん。母親が作ってくれた」
「お前さ、昨日と雰囲気違うな。いや……何でもない。気のせいか」
その言葉に、蓮の動きが一瞬止まった。
昨日と雰囲気が違う。
この男は――何かを知っているのか?
しかし藤木はすぐに話題を切り替え、笑ってコーラを口に含んだ。
「なあ、俺らさ。こんな会社、合わなかったらすぐ辞めりゃいいんだよ。……でも、どうせなら一回くらいは戦ってみたくね?」
その無邪気な一言が、蓮の胸に刺さった。
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その日の夜、蓮はスマホのホーム画面を見た。
そこには変わらず、**『Re:GEN』**のアイコンがあった。
「失われた世代へ。“もう一度”を、君に。」
昨日の夜、このアプリが現れて、鍵を持った謎の男が現れて、すべてが始まった。
今日は、確かに違う一日だった。
だが、この“もう一度”は、果たして何度でも続くのだろうか?
蓮はスマホをそっと伏せ、ベッドに身を沈めた。
眠りにつく直前、脳裏に再びあの藤木の言葉が蘇る。
「昨日と雰囲気違うな」
――もしかして、あいつも。
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(第2話 完)
次回 → 第3話「“知っている”同期」(6月29日 日曜公開)
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