ママはママ
『魔界貴族 マミラス夫人〈戦火の章〉』
戦争の頃、私はよく“戻れないまま”帰還した。
前線で竜力を深く使いすぎて、角や尾どころか
全身が竜そのものになってしまう日があった。
屋敷の扉をくぐると、戦災孤児として引き取った子供達が
一斉に駆け寄ってくる。
「ママ、今日もカッコいいね!」
そのまま私の脚にしがみついて、
鱗のところを撫でながら笑う。
私は冗談めかして聞いてみた。
「……ねぇ、もしこのまま戻らなかったら、どうする?」
すると子供達はあっけらかんと言うのだ。
「ママはママじゃん。別にいいよ、竜でも」
——こういう時、胸が締めつけられる。
じいやは眉をひそめてこう言った。
「夫人、あの子らは戦場で夫人の盾となるための兵。
あまり感情移入しすぎませぬことです」
だが、そんなのムリだ。
近頃、人族は私を「戦略級脅威」とみなしはじめたらしい。
作戦はますます緻密になり、
〈魔力譲渡〉で私本体がただのオバサンになる“隙”を突く
伏兵まで用意してくる。
先日、その伏兵により
ムティホフマンの子供達の一人が命を落とした。
私はその場で泣いた。
代わってあげたい、そう繰り返しながら。
しかし同席していた魔人の幹部は、
まるで私の涙の意味が理解できないという顔だった。
「鬼人の……しかも孤児の死に、
なぜそこまで心を動かされるのです?」
その視線に、私は怒りよりも先に、
深い虚しさを覚えた。
鬼人だとか、魔人だとか、
そんなの関係ない。
あの子達は、
“私の子供達”なんだ。
それ以上の分類なんて、
この世界のどこを探したって見つかりはしない。
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今朝は竜化が解けるのが早かった。
昨晩、竜のままの私に抱かれて眠った子は、まだまどろんでいる。
いま、魔人に戻った腕で、また子供を抱きしめる。
角があろうが、尾があろうが、鱗があろうが、
抱いた子はちゃんと安心して眠る。
私は思う。
「見た目なんかじゃ、なんにも分かんないのにね」
例えこの先、完全に竜と化してしまっても、私は私。
そして子供達は子供達だ。
世界がどう分類しようと、
戦場がどう私を評価しようと、
魔族がどう議論しようと、関係ない。
“ママはママ”。
それが、私たちのたったひとつの真実なのだ。
ーーー
THE BLUE HEARTS「青空」をイメージして制作しました。
なお、「ママはママ」っていうのはやはりTHE HIGH-LOWS「東大出ててもバカはバカ」のもじりだったりします。
設定については以下
https://www.chichi-pui.com/posts/cc4fcf9d-0abf-4a52-bc36-d6410fc14f52/
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