鯉のぼらず
風が少しずつ温かくなってきたある朝。
鯉のぼりちゃんは、家の物干し竿の隅っこに丸まっていた。小さな赤い体に、ほんのりピンクの頬。
そして、その大きな目は、上を見上げるだけでうるうるしてくる。
そう。彼女は高いところが苦手だった。
「うぅ…あの高さ、絶対ムリ…。風、強いし…空、遠いし…」
でも毎年やってくる、“あの日”が近づいている。
こどもの日。
空にはたくさんの鯉のぼりたちが誇らしげに泳ぐ中、鯉のぼりちゃんは、下から見上げてぶるぶる震えていた。
「今年は…絶対登らないんだから!」
決意は固かった。そう言って、納戸の隅っこにすっぽりと隠れてしまった。
でもその夜。
外から、小さな男の子の声が聞こえた。
「鯉のぼり、今年も一緒に泳げるかな…?赤いの、一番好きなんだ。」
鯉のぼりちゃんの心が、くるりと動いた。
「……え? わたしのこと?」
次の日、ちょっとだけ覚悟を決めた鯉のぼりちゃんは、思い切って竿の一番下にぶらさがった。ほんのちょっと風に揺られるだけでも心臓がバクバクしたけど、空の青さは案外、きれいだった。
下から見上げた男の子が、ぱっと笑った。
「やった!やっぱり赤がいちばん元気だ!」
その言葉に、鯉のぼりちゃんの小さな胸が、ふわっとふくらんだ。
「……来年は、もう少しだけ上に行ってみようかな。」
風が優しく吹いて、鯉のぼりちゃんはふわりと泳いだ。
呪文
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