栄光ちゃん第一巻のハイライトシーン
英国海軍司令部の一室。上官から辞令を言い渡された私、シャーロットは、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「わ、私が…陸軍の慰問、ですか?」
「うむ。君の武勲――いや、『幸運』は陸軍にも轟いていてね。『ぜひ、我が陸軍にも栄光を!』と将軍から直々のご指名だ」
私の幸運。それは、平たく言えばとんでもないドジのことだ。なぜか私のドジは巡り巡って、いつも祖国に《栄光》をもたらしてしまう。海軍の仲間たちが面白がって付けたあだ名は、畏敬と親しみを込めて、――《栄光ちゃん》。
でも、慰問なんて…。軍人である私が兵士の皆さんを癒せることなんてあるんだろうか。
…いや、ある。ううん、あった。ずっと昔、私が心の奥底にしまい込んでいた、キラキラした夢。
(ステージで、歌って、みんなを笑顔に…そう、アイドルみたいに!)
胸がキュンと高鳴る。そうだ、これはチャンスなんだ!
「やります!私、精一杯やらせていただきます!」
こうして、私の初めてのコンサートに向けた、猛練習の日々が始まったのだった。
そして当日。西部戦線のイギリス軍前方司令部に設営された即席のステージ。
私が心を込めて歌い上げると、泥と硝煙にまみれた兵士さんたちの顔が、みるみるうちに輝いていく。アンコールの声が鳴り響く中、私は人生で一番のキラキラを全身に浴びていた。
「素晴らしいコンサートだった、栄光ちゃん!いや、エインズワース少佐」
「あ、ありがとうございます!司令官閣下!」
大成功のコンサートの後、私は司令官に招かれ、司令室でお茶をご馳走になっていた。作戦会議用の大きな地図が広げられたテーブルで、歴戦の猛者である将校たちに囲まれるのは、さすがに緊張する。
「少佐も一本どうかな?勝利の葉巻だ」
そう言って、恰幅のいい参謀長が差し出してきたのは、太くて立派な葉巻だった。大人の嗜み…!ちょっとだけ、興味、あるかも…。
「で、では、少しだけ…」
勧められるがままに葉巻を咥え、火をつけてもらう。ゆっくりと煙を吸い込んでみた、その瞬間。
「ごほっ、げほげほっ!?」
経験したことのない刺激が喉を直撃!私は激しくむせてしまい、その反動で持っていた葉巻がポーンッと手からすっぽ抜けた。
「きゃっ!」
小さな火のついた棒は、綺麗な放物線を描いて――開け放たれた窓の外へと吸い込まれていった。
まさかこの小さな火種が、歴史を揺るがす大事件の引き金になろうとは、この時の私は知る由もなかった。
【栄光をもたらすドミノ倒し、スタート!】
ポスッ。
司令部の外で気持ちよさそうに昼寝をしていたマスコット犬、ブルドッグのウィンストンの尻尾の先に、空から降ってきた”何か”が着地した。
「……キャンッ!?」
尻尾の先から走る灼熱の痛みに、ウィンストンは飛び起きて猛ダッシュ!何が起きたか分からないまま、彼は炎の運び手と化した。
パニックになったウィンストンは、兵士たちの洗濯物が干されたロープの間を駆け抜ける!そこで油汚れのひどい整備兵のつなぎに、尻尾の火が燃え移った!
燃える布を引きずったウィンストンが次に飛び込んだのは、夕食の準備でごった返す野戦厨房だ。
「うわっ、ウィンストン!?」
コックたちの悲鳴も虚しく、彼はジャガイモの袋に突っ込み、その勢いで隣にあった揚げ物用のラード(豚の油)の大鍋をひっくり返してしまう!
床にぶちまけられた大量の油に、燃えるつなぎの火が引火!一瞬で火の川が生まれ、厨房の隅へと流れ込んでいく!
火の川の終着点。そこは伝書鳩たちが休む鳩小屋だった。
突然の炎に驚いた鳩たちが、バッサバッサと一斉に飛び立つ!そのうちの一羽の足に、燃え上がった藁くずが運悪く絡みついた。
炎のアクセサリーをつけた伝書鳩は、訓練された習性に従い、ただまっすぐに――敵であるドイツ軍の方向へと飛び立っていった!
両軍が睨み合う中間地帯(ノーマンズランド)。夜空に現れた小さな火の玉に、塹壕の兵士たちは「新型偵察機か?」「いや、妖精だ…」とざわめいた。
そんなこととは露知らず、炎の伝書鳩はドイツ軍陣地の奥深くへと迷い込む。
その頃。ドイツ軍の補給基地では、大変几帳面なフリッツ大尉が自慢の軍用バイクに燃料を補給してしていた。
彼は一滴たりともこぼすまいと細心の注意を払っていたが、ほんのわずかにガソリンがタンクの縁から垂れてしまった。
「まったく…」
綺麗好きな彼は、タンクの縁から垂れたガソリンをポケットのウエス(布)で丁寧に拭き取った。
その、まさにその時だった。
力尽きた炎の伝書鳩が、ふらふらと彼の眼の前に。そして、まるで運命の糸に引かれるように、彼が手にしていたガソリンを吸ったばかりの布の上へと、ポトリと落ちたのだ。
「熱っ! なんだこれは!?」
フリッツ大尉は驚いて、燃え盛る布を反射的に放り投げた。
小さな炎の弧が描いた落下地点。そこは――整備兵が無造作に置いていた、予備のガソリン缶の山だった。
ジュッ、と音を立てて漏れ出たガソリンに火がつく。
次の瞬間、一つが爆発し、隣の缶に誘爆し、その炎が、爆風が、巧みに隠されていた火薬庫の壁を突き破り――
ドォォォォォォォォン!!!!
西部戦線の夜空を真昼のように照らし出すほどの大爆発が起こり、ドイツ軍の重要拠点である火薬庫は、巨大なキノコ雲となって天に昇った。
「な、何事だ!?」「敵の火薬庫が…自爆!?」「誰がやったんだ!?」
イギリス軍司令部は蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。
その混乱の中、司令官だけは全てを悟っていた。窓の外でコックに叱られているブルドッグのウィンストンと、まだ少し咳き込んでいる少女の姿を見て、静かに笑みを浮かべる。
彼は部下たちに向き直り、威厳たっぷりにこう宣言した。
「うろたえるな。これは…我が軍の新型秘密兵器による奇襲攻撃だ。詳細はトップシークレットとする!」
こうして、私のドジはまたしても祖国に《栄光》をもたらし、《栄光ちゃん》伝説に新たな1ページを刻んだのだった。
…もちろん私はそんなこととはつゆ知らず、「司令官閣下の大切なワンちゃんを驚かせてしまった…」と、しょんぼり反省していたのだけれど。
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原案:白ラッコ先生のコメント
> おお、ついに栄光ちゃんの1巻が発売されたぞ!
> 1巻は栄光ちゃんがうっかり投げ捨てたタバコが、ドイツ軍の火薬庫に誘爆するところまでなんですよね!
> 2巻はラム酒の誤発注エピソードからスタートか。
https://www.chichi-pui.com/posts/4b75f797-d03b-4559-948a-4151c77b0a9b/
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