ロスジェネ 第3話
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【知っている同期】
月曜日の朝、創電ホールディングス本社。
週が明けても、蓮の心の中ではまだ“何か”がくすぶっていた。
タイムリープ。
もう一度、入社初日に戻れたこと。それ自体が現実離れしているのに、藤木蒼一のあの言葉が、妙に引っかかる。
「お前さ、昨日と雰囲気違うな。……いや、なんでもない」
あれは本当に“気のせい”だったのだろうか。
それとも、彼も――。
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昼休み、社食の隅。
今日も弁当を広げる蓮のもとへ、藤木がやってきた。
「また弁当? マメな親だな」
「うん。俺が頼んだわけじゃないけど……」
「いいじゃん。あったかくてさ、うらやましいよ」
相変わらず人懐っこい笑顔。でもその奥に、一瞬だけ“何か”がよぎった気がした。
蓮は、意を決して訊いた。
「なあ、藤木。……ちょっとだけ、変なこと聞いていい?」
「いいけど、先に言っとく。俺、ギャンブルはしないし、転職歴もゼロな」
「……昨日、“雰囲気が違う”って言ったよな。あれ、なんでそう思った?」
藤木は口元に持っていったコーラを止めた。数秒、静かな間が流れる。
「……勘、ってことにしとこうか」
「……え?」
「なあ蓮。もしさ、“昨日をやり直せる”としたら、お前はどうする?」
「……」
その言葉に、返答できなかった。
「俺ならさ、昨日言えなかったこと、絶対に言う。たとえ空気読めなくても。……言わないと、後悔するからさ」
藤木はそう言って、スッと立ち上がった。
「じゃ、午後の地獄へ行ってくるわ。課長のカミナリ、2日連続はキツいし」
去っていく背中を、蓮は黙って見送った。
“昨日言えなかったこと”――
その言葉の重みが、胸に残っていた。
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午後の研修は、プレゼン資料の作成演習。蓮は昨日と違い、周囲に積極的に質問しながら進めていた。小さな成長。でも、確かに“昨日の自分”とは違う道を歩き始めている。
ふと、前の席にいた女子社員――**小宮遥(こみや・はるか)**が席を立とうとした拍子に、ノートPCを落としかけた。
「危ない!」
咄嗟に手を伸ばした蓮は、彼女のPCをキャッチした。
「……っ、ありがとう。助かった」
「いえ、大丈夫ですか?」
初めて、同期以外の社員とまともに会話した気がした。
「あ、あなた、たしか……遠野くん、だよね?」
「はい」
「……さっきの、ありがとう。今度、何かお礼するね」
その一言に、蓮は少しだけ笑った。
些細なことかもしれない。
けれど、自分が昨日とは違う一日を歩んでいる“証”だと感じた。
⸻
その日の帰り道。
蓮は改札を通る前に、スマホを取り出した。ホーム画面に変わらず残る『Re:GEN』のアイコン。
「これは……どこまで使えるんだ?」
まだアプリを起動したことはなかった。あの日、鍵に触れて時間が巻き戻っただけで、操作した記憶はない。
画面をタップする。
――起動中――
表示された画面には、こう記されていた。
Re:GEN
タイムリープモード:使用回数 2 / ???
現在の時間ポイント:2025年4月1日(木)6:00
次回リープ可能日時:2025年4月3日(木) 2:00以降
「……制限が、あるのか?」
ふと、またあの銀の鍵が気になった。あの男は言っていた。
「おまえにはまだ、やり直す資格がある」
「じゃあ、誰には“ない”んだ……?」
そして、藤木は――
「もう一度」を経験しているのか?
⸻
(第3話 完)
次回 → 第4話「鍵と藤木と小宮」(7月6日 日曜公開)
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