天の川ライド 〜星の記憶をたどる夜〜
広がる夜空のキャンバスに、天の川が静かに流れている。
丘の上、ひとりの少女が自転車にまたがる。
VEGA(ヴェガ)ちゃん――銀色の長い髪に黒いリボンを結び、
深い紫の瞳に夜の星々を映す彼女は、風の気配を読むように立ち止まっていた。
「……今年も、ちゃんと覚えていてくれたかな」
その声は、小さな祈りのように夜へと溶けていく。
やがて、遠くから細く鋭いタイヤ音が聞こえてきた。
丘を駆け上がるように現れたもうひとつの影。
ピンクのポニーテールを揺らし、快活な笑みを浮かべた少女――
ALTAIR(アルタイル)ちゃんがやってきた。
「遅れてごめん、VEGA! でも、間に合ったでしょ!」
「ふふ……うん、ちゃんと来てくれてありがとう」
ふたりは顔を見合わせて笑った。
あの約束を交わしたのは、いつだったろう――
時を越えても、空を越えても、
この夜だけは、天の川の両岸からふたりは走り出す。
それが、星の記憶に刻まれた軌跡だから。
◆
星々が見下ろす峠道を、ふたりの自転車が滑るように走る。
VEGAは静かに風を感じながら、一漕ぎごとに距離を縮める。
ALTAIRは軽やかに、時折笑いながら星座の名前を口ずさむ。
ふたりの違いはまるで、空に輝く星の色のようだった。
冷たく澄んだ紫の輝きと、燃えるようにあたたかな赤。
でもその光が交わるとき、不思議な調和が生まれる。
「ねえ、見て。あれがカシオペア座。あっちはデネブだよ」
「うん……でも、今日は君が一番輝いて見える」
不意にそんな言葉を口にして、ふたりは少し照れたように目をそらす。
けれど、心は確かにつながっていた。夜空の橋を渡るように――
◆
やがてたどり着いたのは、小さな展望台。
そこからは、天の川が夜の帳を貫いて流れていた。
「この場所……変わってないね」
「うん、昔と同じ。でも、ちょっとだけ特別になった気がする」
ALTAIRがそっとVEGAの手を取る。
その指先が微かに震えているのを、VEGAは見逃さなかった。
「来年も、ここで会えるよね」
「もちろん……たとえ空が崩れても、私は君を見つけるよ」
ふたりは黙って空を見上げる。
星々が瞬くその先に、彼女たち自身の姿が映っている気がした。
そして、願いが夜空に放たれる――
それは恋にも似た、友情にも似た、
きっと名前のない想いだった。
この夜、天の川はふたりだけのために流れていた。
VEGAとALTAIR――
星に名を冠したふたりの少女は、今日も空を越えて出会う。
そしてまた、次の七夕へと――
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