ロケット戦闘機『秋水』
一九四五年七月、夕暮れの空 ― 本州上空一万メートル。
真紅の雲が幾重にも重なり、太陽が最後の炎を空に焼き付けていた。銀色に輝くアメリカ陸軍航空軍のB-29スーパーフォートレス編隊が、津軽海峡を越え、本州南部に向けて進撃を続けていた。彼らの目的は明確だった。帝国の主要都市を焼き払い、日本を屈服させる。それが戦略爆撃の本質であり、戦争を終わらせる方法だと信じていた。
だが、その空を切り裂く一筋の光があった。
「…秋水、発射!」
地上管制からの無線が耳元で響くと同時に、緑色の小型戦闘機が地上から炎を吐いて天へと駆け上がった。日本帝国海軍が極秘裏に開発していたロケット戦闘機「秋水」。それは、ドイツからもたらされたMe163の技術をもとに、日本が最後の賭けとして投入した、迎撃専用の切り札だった。
搭乗していたのは、二十一歳の若き少尉、三上 隼人(みかみ はやと)。その瞳には、迷いはなかった。父は海軍軍人、兄は硫黄島で戦死。彼にとってこの空は、ただの戦場ではない。血の記憶と誇りが燃える場所だった。
秋水は瞬時に敵機の高度へ到達し、三上は編隊中央を飛ぶB-29を視認した。その機体に描かれた「A」の識別マーク。かつて東京を焼いた部隊だ。
「…お前たちを、この手で止める。」
彼は照準を定めると、30mm機関砲の引き金を引いた。火線が夜明けの雲を裂き、銀色の機体に火花を散らす。鋼鉄の巨人が呻くように機体を傾け、機関部から黒煙が立ち上る。
機体は傾きながらも墜ちない。B-29は、簡単には死なない。だが、秋水の燃料はわずか数分――その間に、もう一撃を加えるしかなかった。
だがその時、三上の無線に悲鳴が割り込んだ。
「…こちら加賀二号、後方より敵戦闘機接近中! 秋水隊、警戒せよ!」
秋水は高速ではあるが、無防備だ。燃料が切れれば、滑空して帰還せねばならない。
隼人は迷った。そして、迷わなかった。
「…まだ、撃てる。」
彼は旋回して再びB-29の腹へと突き進む。炎とともに宙を裂き、空の剣となって敵の心臓を穿とうとしていた。
その先に、彼の運命が待っているとも知らずに――。
呪文
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