山吹の里
昔々のこと。太田道灌っちゅう侍がおったんや。
ある日、道灌は狩りに出かけたんやけど、途中で急に雨が降ってきたんよ。しゃーないから、近くの農家に駆け込んで「すんまへん、蓑(みの)貸してくれへんか?」と頼んだんや。
そしたら、出てきたんは若い娘。名前を紅皿いうた。
せやけど、その娘はうつむいたまんま、何も言わんと、山吹の花の一枝をスッと差し出したんや。
道灌は「いやいや、ワシが欲しいんは花とちゃう。蓑を貸してほしいんや!」とちょっと声を荒げたんやけど、娘はそれでも黙ったまんま、山吹を差し出すだけやった。
「なんやねん……」と思いながらも、しゃーなしに道灌はずぶ濡れのまま城へ帰ったんよ。
その話を城の古老にしたら、古老はちょっと呆れた顔してこう言うた。
「殿、それはな、平安時代の和歌に『七重八重 花は咲けども 山吹の実の一つだに無きぞ悲しき』っちゅう歌があるんですわ。
ここで言う『実の(みの)』っちゅうのが、殿の求めた『蓑(みの)』に掛かっとるんです。要するに、あの娘は『うちには蓑なんて一つもありまへんのや』っちゅうことを、風流に歌で伝えはったんですよ。
……せやのに殿は、その意味も分からんと怒鳴ったんですか?」
道灌はこれを聞いて、めっちゃ恥ずかしなったんや。
「ワシは武士として戦ばっかりに気ぃ取られて、歌の道をおろそかにしてたんやな……」
それから道灌は、自分の無学を恥じて、歌道に一生懸命励むようになったんやと。
呪文
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