7月12日はO157堺市学童集団下痢症を忘れない日
今からちょうど30年前の今日、感染者9,523人、児童3人が死亡(のちに後遺症で1人が死亡)という世界的に見ても類を見ない大規模な集団感染が大阪府堺市で発生しています。
1996年は腸管出血性大腸菌O157による食中毒が全国的に猛威を振るった年でした。
5月28日に岡山県邑久郡邑久町で発症者416名・2名の死者を出した集団感染を契機に6月では西日本を中心に集団食中毒が連続的に発生。
『O157』という名前が広く知れ渡りことになります。
7月11日から12日にかけて、堺市では下痢・腹痛・発熱などの症状を訴えて欠席や早退をする児童が増加していました。
この時点では夏風邪か感染性の胃腸炎という程度の認識が教職員や医療関係者の間にはありました。
(前々日辺りからの急激な気温上昇で体調を崩した児童が多いと判断されたのは仕方が無かったという指摘があります)
しかし13日、23小学校で発症&発症児童数255人という数字が判明して状況は急変します。
午前中にもかかわらず既に市内の病院は患者で溢れかえり医療崩壊寸前で、重ねて土曜日だったこともあり保健所への連絡が繋がらない状況も発生。
現場は大混乱に包まれ、対策本部の設置などでまともな対応が打てるようになったのは14日になってからでした。
この対応が始まるまでの2日近いタイムロス、そしてO157の対策マニュアルを構築できる専門家が市や府どころか厚生省にすら存在しなかったという不手際が重なったことで冒頭のような極めて大規模な患者数に至ったと批判されています。
原因究明に関しては初期段階の大混乱で後回しになったため調査は難航し、各施設で感染当日に提供した料理から共通の食材を絞り込むという原始的な手法が用いられ、その結果として浮上した食材がカイワレダイコンでした。
しかしそのカイワレダイコンを出荷した生産施設からはO157は検出されず、そもそもO157がどこでカイワレダイコンに付着したのかの汚染経路も全く解明できなかったため結局現在に至るまで感染源や経路は謎のままです。
にもかかわらずカイワレダイコンに対してはO157感染という風評被害が付きまとうことになって返品や出荷停止が相次ぎ、売上が従来までの半分以下に激減する事態に見舞われています。
O157に感染した場合、重度の急性出血性下痢 および腹痛を引き起こして苦しむことになりますが、発熱は軽度で、特に治療をせずとも大抵の患者は5-10日で回復するとされています。
(下痢で脱水症状を引き起こしやすいので水分補給は必須)
この際に市販の下痢止めや痛み止めの仕様は厳禁。
痛み止めに含まれる抗菌薬がO157を死亡させることで大量のベロ毒素をバラ撒くことになり、下痢止めを使用することで毒素が体内から排出されず溶血性尿毒症症候群(HUS)という致死性の高い症状を引き起こす可能性がある為です。
梅雨が明けて本格的な夏に突入すると、それは食中毒リスク拡大の合図。
O157は通常の大腸菌と比べて1万分の1でも発症する高い病原性を有していますが、熱には強くないため食材には火を通す(冷凍では死滅しないため加熱処理が必須です)&流水と薬用せっけんを併用した手洗いで皮脂ごと流し去る(濡れティッシュやハンドジェルだと不十分です)といった対策をとることで感染リスクを大きく抑えることが可能です。
怖れず侮らずに正しい知識で向き合うことが感染症対策への第一歩です。
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