7月15日はロゼッタ・ストーンが発見された日
同じ内容の文章が「古代エジプトのヒエログリフ」「民衆文字(デモティック)」「古代ギリシア語」の3種類の文字で刻まれており、古代エジプト語解読の大きな手掛かりとなりました。
ナポレオンはエジプトで軍事行動を行う際、学者の一団を随行させていました。
遠征隊に学者を同行させるのはかのアレクサンドロス大王も実践しており、この時点では有力将校の一人でしかなかったナポレオンは既に世界制覇の野望を秘めていたのかもしれません。
1799年7月15日、エジプトの港湾都市ラシード(西洋名ロゼッタ)にて一人の士官が碑文の入った岩盤を見つけました。
それが考古学的に重要な存在だとすぐに気付いた士官は報告、直ちに調査のためカイロの研究所に運ばれます。
この時点で既にこの碑文には『ロゼッタ・ストーン』という名称が与えられていたようです。
碑文のコピーが作成されると本体より先にヨーロッパへと渡り、ヨーロッパ中の学者がその解読に夢中になります。
なおロゼッタ・ストーンの存在はナポレオンと敵対していたイギリス軍にも知れ渡り、考古学的に大変重要な同碑文を彼らも戦利品として欲するようになりました。
フランス軍はナポレオンが(クーデターを起こすため)本国に帰還した後も18ヶ月におよび耐え抜いた末に降伏。
ロゼッタ・ストーンはイギリス・フランス・オスマン英国の共同管理となる――筈だったのですが、各国の軍隊の引き上げ時のドサクサに紛れる形でイギリスの手に渡り、ロンドンの大英博物館へと所蔵されました。
これ以降、ロゼッタ・ストーンは大英博物館でも特に栄誉ある展示物の一つとして今日まで展示され続けています。
なお添えられている説明文には「1801年にイギリス軍がエジプトで捕獲」とさも自分たちが第一発見者であるような白々しい記載がされており、しかもエジプトからは幾度も返還請求がなされているのに全く聞く耳を持ちません。
他にも大英博物館にはラムセス二世の巨象やパルテノン神殿彫刻群など関係者に無許可で収蔵された物品も多く、『盗品博物館』と影口を叩かれることが多いです……。
(文化財保護の観点から治安の悪い国への返還は躊躇われる、という主張も存在します)
なおヒエログリフに使われている絵文字はUnicode追加多言語面の『エジプト聖刻』のブロックに登録されており、翻訳ツールなどを用いてその気になればヒエログリフで人名の記載や文章の記述をすることも可能です。
残念ながら現状の画像生成AIでヒエログリフを正しく認識できるサービスは存在しないっぽい。
(イラストに暗号仕込みましたがプロンプト通りには一度も出てきませんでした😅)
生成AIの進化が進めばロゼッタ・ストーンみたいな同時通訳文章も一発で作れるようになる日が来るのかもしれません……。
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