【夢エリ】暗黒司祭ナギシアの最期
轟音と振動が絶え間なく響き、黒衣の司祭――『暗黒司祭ナギシア』は、ただ立ち尽くしてその崩壊を眺めていた。
(……カエデニア姫は救われた。常夜将軍の多くは討たれ、あるいは退いた。魔王ミオタンも少なくとも退いたのでしょう。この宮殿が崩れるということは――騎士エリアーニャたちが勝った、ということね)
(結局私が出来たのは、このふよふよ漂うお化けさんたちと近衛騎士隊とがうまく会えるよう取り計らったり、“雪龍剣三座”の情報を渡したぐらい。……だけど、今まで私が"やってしまった"ことは……)
胸に去来するのは安堵と虚脱。
情報を繋ぎ、策を巡らせ、時に自ら血に手を染め――己の役目は果たした。だが、犠牲の影は決して消えない。
(……疲れたわ。本当に)
崩壊は加速し、天井の裂け目から光が差し込む。
ナギシアは瞼を閉じ、微かに笑んだ。
「ああ……でも。最後に一杯、カスミアのお酒が飲みたかったな。それだけが心残りね」
「――それは光栄です。でしたら、一杯と言わず、お好きなだけ召し上がってはいかがでしょう?」
「……え?」
次の瞬間、身体がふわりと抱き上げられ、瓦礫が崩れ落ちる寸前に宙を舞った。
気づけば冷気の中、安全な丘の上。振り返ったナギシアの瞳に映ったのは――酒場の女、カスミアの姿。
「さて、ここまで来れば一安心ですね。お加減はいかがですか? ああ、死なせてほしかったなんて言われても返品は不可ですので、悪しからず」
「カスミア……ありがとう。本当に、どうしてここに?」
「遊撃隊が動くと知りまして。黙って見守るつもりだったのですが……あなた、放っておいたら危うい真似をしそうで」
「……いや、それは否定できないけれど。よく私を見つけられたわね。危なかったでしょうに」
「宮殿にいた“お化けさん”が必死に知らせてくれましたよ。あなたを助けてほしいと」
カスミアの声は穏やかだが、言葉は真っ直ぐに胸を射抜く。
「あなたが胸を痛めていることは分かっています。でも、ちゃんと見ている者はいます。あなたの汚れ役があったから救われた命がある。それを、もう少し認めてください」
ナギシアはしばし黙し、やがて苦笑を漏らす。
「……頭が追いつかないわ」
「当然です。ですから――ひとまず一杯、いかがです?」
「……そうね。お願いするわ」
「畏まりました。では、酒場に着くまでにご注文をお決めください」
二人は肩を並べ、夜風の中を歩き出す。
その背に光を当てる者はいない。だが確かに、英雄譚の影で大きな役目を果たした二人がいた。
――彼女たちにとっての報酬は、ただ一杯の酒。
それで十分だった。
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いわしまんさんのプチ企画「夢エリ」に参加します!
https://www.chichi-pui.com/posts/692aec4f-e6ea-47c1-a3c1-cfe9bd53e64b/
前作に凪咲さんに間諜役として登場してもらいましたが、最終日に向けてのストーリー大枠が提示されたので更にナギシアさんの結末を書いてみました!
「【夢エリ】夢幻宮最後の日 ―【ゆるコラボ最終日にむけてお知らせと指針】」
https://www.chichi-pui.com/posts/f3ac0934-98bd-4d8d-ae52-038448a7f343/
凪咲さん登場はこちら↓
https://www.chichi-pui.com/posts/9aebc7a1-f954-4182-8a4d-6f7753d2dfc4/
凪咲さんにとって非常につらかったであろう、「暗黒司祭ナギシア」としての仕事はこれで終わり。これからはただのナギシアとして平和な毎日を過ごすのでしょう。
英雄譚の陰で決して語られることはない物語、これは本当のクライマックスよりは少し前の時間の方が良いだろうと思いこの時間帯に投稿させてもらいました!
本編の決着、いったいどうなるのか楽しみに待たせてもらいます!(*´ω`)
いわしまんさん、この度は大変楽しいプチ企画をありがとうございました!
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