7月8日はくいだおれ閉店の日
『くいだおれ太郎』は大阪のシンボルとしては道頓堀グリコサインや通天閣に匹敵する知名度を誇ります。
グリコサインと通天閣は世代交代しているので、実は大阪名物御三家では一番の古株だったりします。
しかし2000年以降生まれの方は、くいだおれ太郎が実は飲食店のマスコットキャラだったという歴史を知らないという方も多いのでは?
1949年6月、未だ焼け野原から復興が進まない大阪の道頓堀で小さな食堂が開店します。
「京の着倒れ、江戸の飲み倒れ、そして大阪の食い倒れ」
という江戸時代からの標語にちなんで、その食堂は『くいだおれ』と命名されました。
その翌年の1950年には早くも店頭にはくいだおれ太郎が設置されています。
このくいだおれ太郎は淡路島から大阪へ進出した文楽人形浄瑠璃の製作者・二代目由良亀が製作に関わった本格的な仕様で、電気駆動で口パクしながら太鼓を叩いて鐘を鳴らすという『宣伝ロボット』でした。
飲食店は大人の居場所という当時の常識を踏み越えて、
「家族での来店を促すためには最初に子供の興味を引く必要がある」
という創業者のコンセプトから生み出された電気仕掛けのチンドン屋です。
実際にくいだおれ太郎は大きな話題を呼んで食堂は大いに繁盛、1959年には一棟まるごと飲食施設の『くいだおれビル』へと発展します。
なお銀行から融資を受ける際には太郎が古臭いガラクタと見做されて撤去を求められましたが、結局融資を断って同ビルは銀行融資無しで建設されたそうです。
ちなみに1985年の阪神タイガースのセ・リーグ優勝の際に太郎が胴上げされそうになりましたが、当時の営業部長が身体を張って持ち逃げされるのを死守したとか。
仕方ないので代わりにカーネル・サンダースの像が胴上げされた挙句に道頓堀に投げ込まれる羽目になりました。
なんでや😂
2008年7月8日、くいだおれは建物の老朽化や周辺環境の変化などを理由に閉店しました。
「大阪名物くいだおれは日本一幸せな店でございました。」
女将のその言葉を最後に59年の間大阪市民に愛され続けたくいだおれは歴史に幕を閉じました。
この日以降、くいだおれ太郎は弟の『次郎』ともども純粋に大阪そのものを象徴するマスコットキャラクターとして第二の人生を歩むことになります。
……弟いたの?(;´・ω・)
実はこの弟、両手を上下に動かす動作を追加して『バンザイ』できるようにしたお祝いバージョンモデルです。
太郎はプロモーション活動に忙しいため現在の設置場所である「中座くいだおれビル」から出張していることも多く、その場合に空いた席を守っているのが次郎なのだとか。
他にもウクレレを持っているだけで稼働機構のない従兄弟の『楽太郎』も存在し、くいだおれ一家は何気に多彩です。
(実はおやじも存在するが本物のビールを入れたジョッキをお盆に乗せたまま回転したため、ビールが通行人にかかり不評で創業当初のみの出番だったとか……作る前に気付けや😅)
なお現在のくいだおれビルは1階のみ土産物屋として営業しており、くいだおれ太郎グッズを扱っています。
インバウンド需要で大阪に数多く訪れるようになった外国人観光客には「ユニークで可愛い」「見るだけで大阪に来た実感が湧く」と、くいだおれ太郎はSNS上でも人気者です!
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