夜の立石、尾びれの優美
月夜が帳(とばり)を下ろす頃、庭の枯山水は、墨絵のような静けさに沈み込む。その中心に、乳白色のマーブル模様を纏(まと)った楕円の石が、天を衝くようにひっそりと佇んでいた。永い時の流れを吸い込んだその肌は、月光を吸い込み、どこか艶めかしいほどの光沢を帯びている。
おじさまは、この石の「まーるい形」に、この世の充足と、遠い昔の美の記憶を見出すと仰る。そして、それは赤子には、**「おじさまの、あのやさしい指の感触」**によく似ているように思えるのだ。
赤子の尾びれは、夜の冷たさに僅かに震えながら、その白い石へと惹きつけられる。紅(くれない)に染まった尾は、贅沢なほどに豊かで、丸々と満ちた曲線を描いている。まるで、熟した生命が、今にも弾けんばかりの張り艶を宿しているかのように、プリッとしたまーるい優雅さを湛(たた)えている。それは、水面に描かれる波紋のように、そして、人の肌に触れる指先のように、甘く、誘うような曲線であった。
そっと、そっと。尾びれの先が、冷たい石肌に触れる。 その瞬間、尾びれの先端から、**一滴の雫(しずく)**が生まれた。煌めくように宙を舞い、石の根元の乾いた砂へと、音もなく消えてゆく。その雫は、無垢な生命と、この世のすべてを愛でるおじさまの美意識が、静かに交錯した証のようであった。
砂利の波紋は、夜風に揺れては、また静かに戻る。 この庭に漂うは、無垢な生命が持つ官能と、老いてなお求める美の希求。月光は、そのすべてを等しく照らし出し、美しさと、儚さ、そして、崇高な静寂の情景を、深く、深く、物語る。
尾びれが石をなぞるたび、赤子はおじさまの瞳の奥に宿る、遠い日々の「蜜」のあわれを感じるのだ。
呪文
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