【新連載】ぼっちと会える街 第1話
全52話を予定しております。
【第1話】ギターのない部屋
東京、板橋。
午後7時。蒸し暑いアパートの一室に、蛍光灯の白い光がぼんやりと滲んでいる。
カチャ――。
缶ビールのプルタブを引く音が響く。
仕事を終えたばかりの片桐翔太(かたぎり・しょうた/25歳)は、Yシャツのボタンを2つ外し、畳んだスーツのズボンをベッドの隅に投げた。
テレビもつけない。
SNSも開かない。
ただ、スマホでYouTubeにアクセスし、再生リストの中から一つのアニメ動画をタップする。
『ぼっち・ざ・ろっく! 第8話』
画面に、ピンク髪の少女――後藤ひとりが映る。
ギターを抱えておどおどしながら、それでもバンドのために一歩踏み出そうとする姿に、翔太は毎回、なぜか胸を締めつけられる。
(また見てるな、俺……)
自嘲気味に笑いながら、缶ビールをひと口。
ギターの音が流れる。
彼女の声が届く。
「誰か……気づいてくれないかな……」
翔太はかつて、ギターを弾いていた。
高校時代、文化祭でステージにも立った。
でも、それっきりだった。
楽器は壊れて、そのまま捨てた。
仲間は受験で離れ、自分だけが音楽にしがみついて、痛い目を見た。
「ギターなんて……俺には似合わない」
そう言い聞かせて、今に至る。
でも、今夜もまた、“彼女”だけは変わらずにステージで輝いている。
スマホの画面を閉じ、翔太は冷えた足元を見つめた。
「……どっか、行きたいな」
そうつぶやいた、その翌朝。
通勤の電車で寝過ごした翔太は、見知らぬ駅で目を覚ます。
「……どこ、ここ?」
駅の看板には、見覚えのない地名。
出口を出ると、そこには古びた商店街があった。
シャッターの閉まった店の間を抜けると、小さな公園が見えてくる。
そしてそのベンチに――
ギターケースを抱えた、ひとりの少女が座っていた。
ピンクの髪。
猫背。
パーカー。
見間違えるはずもない。
「……後藤……ひとり?」
少女は顔を上げると、
おずおずと、でも少しだけ笑った。
「えっと……あなた、ギター……弾けますか?」
⸻
(第2話へつづく)
呪文
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