【夢エリ】献身の間諜ナギシア
その最奥、『魔王ミオタン』の間へ続く廊下を、怜悧な美女が進んでいた。
「魔王ミオタン様。暗黒司祭、ナギシアにございます」
恭しく頭を垂れた彼女は、次の侵攻について提案する。
「次なる標的は、ウサ王国の白銀街。二週間後がよろしいかと」
魔王は静かに頷き、短い指示を返す。ナギシアもまた涼やかに応じ、辞を低くして退いた。
やがて謁見の間を出たナギシアは、ひっそりと宮殿を後にした。
夜気は冷たく澄み、彼女は黒衣を脱ぎ捨てて人の世の装いに戻る。
魔の影を背に遠ざけながら、街外れのとある酒場へと足を運んだ。
――小さな扉の向こうで、柔らかな声が迎える。
「いらっしゃいませ……。お久しぶりですね。どうぞお好きな席へ」
「こんばんは、カスミア。今日は“二番目”の席をお願いしようかしら」
その言葉に、カスミアの睫毛がわずかに震える。だが微笑みを保ったまま、手慣れた所作で席を整える。
「畏まりました。……ご注文は?」
「ホワイトレディを。少し“弱く”お願いできるかしら」
「承知いたしました」
銀のシェイカーが軽やかに鳴る。
だが耳を澄ませば、その音は一度だけ長く、二度目は短く――“二週間後”を告げる暗号。
注がれる白いカクテルは、“白銀街”を意味する合図。
ナギシアは魔王軍に潜り込んだ密偵。
情報のやり取りは常に細心の注意を払い、言葉を歪め、仕草に忍ばせ、暗号に置き換える。
カスミアはその受け手として、誰よりも冷静に彼女を支えていた。
ただ、ナギシアの精神的負担は計り知れない。
出された水を飲みつつ、ナギシアは内心焦りながら思考を巡らせていた。
(正直なところ、もうそろそろ限界が近い)
(魔王軍の猛攻で厭戦ムードが広がり過ぎている。それを払拭するには、カエデニア姫の救出は必須)
(そのために、騎士エリアーニャからなるべく離れたところに攻め入ってはいるけど・・・そろそろバレてもおかしくはない)
(それに攻め入るのを失敗したらミオタンからの信頼が一気になくなって粛清されるかも。我ながら難儀な立ち位置ね……)
「……お待たせしました」
グラスを置いたカスミアは、ふと小瓶を取り出し、琥珀色の酒を注いで差し出す。
「サービスです。どうぞ」
「これは……一番高いものじゃない?」
「私からは、このようなことしかできません。でも、貴女がどれだけ頑張っているか……知っていますから」
ナギシアは言葉を失ったまま、しばらくグラスを見つめていた。
そして氷を揺らし、一気に飲み干す。
「……ふぅ。フフッ、美味しい。そうね、私らしくなかったわ。ありがとう、カスミア」
「いえ。……またのお越しを、心よりお待ちしております」
席を立ったナギシアは、振り返らずに店を後にする。
その横顔に漂っていた悲壮感は、すでに消えていた。
残るのはただ、決意の色。
誰にも知られない、知られてはならない彼女の孤独な戦いは、まだ終わらない。
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いわしまんさんのプチ企画「夢エリ」に参加します!
https://www.chichi-pui.com/posts/692aec4f-e6ea-47c1-a3c1-cfe9bd53e64b/
めちゃくちゃ盛り上がってて羨ましいなあと横目に、本企画への設定が中々固まらず苦戦していましたが…
何とか開催期間中に1作仕上げることができました!ε-(´∀`*)ホッ
大人な凪咲さん、せっかくならちょっと難しい役どころを演じてもらおうと思い、間諜役となりました。
普段は魔王側につきつつ、ひっそりとエリアーニャさんへ向かう魔王側の戦力を削ぐという立ち位置。
そして私と言えば酒場ということで、香澄さんを協力者として設定!
凪咲さんの難しい仕事をやり切る決意を固めるシーンで締め…という流れで書き上げました✨
普段と全然違うタイプのキャプション、お楽しみ頂ければ幸いです。
そして、大変面白いプチ企画を発案頂いたいわしまんさん、ありがとうございました!
…と思ったら出遅れてしまったが故、最後の盛り上がりに乗れなかったぁぁ!!(´;ω;`)
裏でうちの凪咲さんが色々と画策もしてくれてましたよー…という感じで一つ(;´∀`)
https://www.chichi-pui.com/posts/f3ac0934-98bd-4d8d-ae52-038448a7f343/
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