架空偉人伝説 勇者 一行
最寄駅は相鉄線の上星川駅で、東京メトロ有楽町線の麹町駅まで通勤している。
48歳独身。実家で79歳の母親と同居している。
とある金曜日の夜、仕事を終えた一行は横浜駅近くの定食屋でブリの照焼定食を待っていた。
今夜母親は自由が丘にある弟の家族の家に行っている。久しぶりの1人の夜だ。
「ふぅ...」
弟の長男は4月から高校生になるらしい。7年前の父親の葬式の時、小遣い欲しさにおじちゃんおじちゃんとくっついてきたのがついこの間のように感じる。
水を飲みながらそんな思い出に浸っていると、隣の席に白いコートを着た女性が座った。
注文を取りに来た店員にメモを書いて渡し、手でジェスチャーをしている。どうやら耳が聞こえないらしい。
注文を終えた彼女はまたメモに何かを書き始めた。一行はそれを横目にスマートフォンを眺めていたが、メモを書き終えた彼女が一行にそのメモとペンを差し出してきた。
私にですか?と自分を指差す一行に、彼女は頷いて微笑んだ。柔和な雰囲気の中に芯の強さを思わせる彼女の視線に久しぶりの高揚感を覚えつつ、一行は視線を落としメモを読んだ。
[勇者様ですか?]
一行は驚いて彼女を再び見た。彼女は変わらず柔和な微笑みを浮かべている。
メモの余白に走り書きで、
[そうですけど、なぜ私のことをご存知なんですか?]
と書いて彼女に渡すと、彼女の表情がパッと明るくなった。
新しいメモを取り出し、先程より興奮した手付きでペンを走らせ、一行に勢いよく渡す。
[ずっと探していました!魔王様のため、ここで始末します!]
一行が顔を上げると、白いコートを脱ぎ捨てボンテージ姿で箸を逆手に持つ彼女の姿があった。
彼女は一行の頸動脈に箸を突き刺そうと飛びかかったが、一行は紙一重でかわして逆に彼女の背後を取り、ヘッドロックで首をへし折った。
結果的に人違いだったのだが、刺客を倒し間接的に勇者を守ったことになった一行は数百年後の異世界で偉人として讃えられたのであった。
そして一行はその定食屋を出禁になった。
「あそこのブリ照り好きだったのになぁ、はぁ...」
拘置所で一行はため息をついた。
呪文
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