エルフの聖歌隊
それは神を讃える歌だ。グランシュライデの神に感謝する歌。
それは神を慰める歌だ。グランシュライデの神を鎮め慰める歌。
二柱の神に捧げる歌は、グランシュライデの団結を尊び、かつての悲劇と無惨な争いによって流された血を忘れぬ為に。
歌劇のように壮大に、荘厳に、そして美しくも華やかに。
全ての歌い手が同じ旋律を違う言葉と声色で謳う。
グランシュライデの全土に届ける為に、あらゆる歌い手達が心を一つに重ね合わせて歌う。
その歌は、確かに平和を願う祈りだった。
かつての大戦から月日は流れ、シラクレナやヒノイにおいては戦争の記憶を保持した生き証人達の数も少なくなった。
戦争の悲惨さを忘れ、好戦的な言動で世論を煽り立てようとする政治家もまた増えつつある。
とはいえ、人間よりも長命なセントレイクのエルフ達や、そもそも寿命と言う概念を半ば克服しているフェンテスの民にとって、かつてあった大戦の記憶は昨日のことのように未だ生々しく残っている。
彼らが国内の主戦論を抑え込めている限り、平和はまだ当分の間は続くだろう。
「そう、これよこれ! これなのよ!」
舞台袖でイベントのプロデュースの一翼を担う、とあるフェンテスの芸能事務所の社長はぐっと両手の拳を握り締め、渾身のドヤ顔で決め台詞を吐いた。
「今、時代は男の娘なのよ!」
――とりあえず色々な意味で厳粛な空気が台無しだった。
社長を補佐するAI秘書は存在しない頭を抱えて、見えない匙を銀河の彼方にまで届けとばかりに投げ捨てる。それはもう、グランシュライデの神にまで届いてくれないものかと思った。この社長の煩悩をピンポイントで破壊してくれたりしたらありがたいのですが、と内心で極めて実現性に乏しい無駄な祈りを捧げてみたりもする。
なお、そもそもロボットに性別という区分は意味がないし、中性的な外見にデザインされた義体に搭載された電子頭脳にとって男装女装という概念がどれほどの意味があるかを問うのもナンセンスだろう。
ちなみに人間より寿命が長く成長が遅いエルフ達は、こう見えてもメンバーの最年少者でも50歳は越えているので法律上の就業年齢制限には引っかからない。
また、聖歌隊のように加齢からの声質の変化によるメンバーの入れ替えもかなり頻度を低く抑えられる。高い歌唱技術を持つメンバーの入れ替えはグループ全体から見ても痛手となるので、そうした面から見ても有利である。
あまり大っぴらにではないが、グループの結成にあたっては複数の反戦系の団体から資金援助も受けた。プロデュース側としてはイベントのたびに呼ばれることで知名度を高めることもできるし、一種の広告塔として認知されればそれも一つのブランドとして機能する。軍事産業系の企業からは敵視されかねないが、少なくとも今のところ正面から何かを仕掛けてくることはない。世間の体面からして、外見上は幼児にしか見えないグループに対して喧嘩を売ればどちらが悪者扱いされるかは明白だ。
なので、むしろ身内のスキャンダルの方に敏感にならざるを得ない。具体的には飲酒とか、電子ドラッグとか、ギャンブルとか、素行上の問題その他の方向で。
「――社長。ステージ上で赤外線を新たに観測しました。光学波長パターン解析完了。暗所、夜間撮影を主眼に置いた業務用ケーブルカメラで使用されている赤外線の波長と一致。なお、当該機種は本日のステージ周辺では使用されていません。現在照射元を特定中…観客席D8ブロック付近の確率82%、およびD9付近の確率が17%と算出されました」
AI秘書の声音が抑揚を欠いた機械的な声質に変化し、業務用の音声に切り替わる。
「もう、またパパラッチ? この前も電子週刊誌の記者を出禁にしたばかりなのに、懲りない連中ね。即刻つまみ出して。ちゃんとステージ中は撮影お断りって事前通達は出してるんだから、迷惑行為は禁止よ、禁止」
「巡回スタッフにメッセージ送信完了。保安スタッフに出動要請――要請の受信を確認。到着まで52秒です」
「よしよし。これからは持ち物検査も厳重にしなきゃダメかしら。…あー、でも、コストと時間が嵩むのよね。どうしたものかしらねー」
普段はお気楽そうにしている社長も、これでも気苦労が絶えない身の上なのであった。
平和への理想は尊いものだ。しかし、それはそれとして現実に日々の糧を得るための商業活動は大事だし、無駄遣いをしていられるほど芸能業界は甘くないのである。
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