『あの姉 は23マス戻り』
三重の赤いおじさんのところで看板娘にブチ切れられ、口の周りに赤福の餡をつけたまま乗った東海道線の新快速。熱田駅を通り過ぎ大高駅に差し掛かった頃あの姉は、常人には理解し難い考えに包まれた。その想念とは、こうであった。「妹を機ぐるみ、爆破せねばならぬ」
大高駅にほど近い40番宿場・鳴海宿の名物名所の無さには歌川広重もさぞかし困ったであろう。他にも原宿などと言われても何番なのかどこにあるのかすらも分からないような宿場がある。それらを想像力で補い浮世絵の余白を埋めて生成したのが広重である。それこそ「おんなのこ・メカ・コス フェチ道」(略称割愛)に求められる力ではないか。完全なこじつけであるが。
「あんた少し痩せた?」
さすがは母親である。我が娘のフォルムの変化にはすぐ気づいた。元々が痩せすぎのあの姉だが、この家の父方の血統は全員痩せているのだ。
とは言え、母親の言う通りあの姉はこの2年でますます痩せたようだった。
無理もない。あの姉には基本的な生活力が欠如しているのだ。親元を離れ田舎町で下宿生活を続けていれば、あの姉は自炊も満足にしなくなる。ましてや三重大学である。あの姉がたまに重い腰を上げて最低限のカロリーを摂取しに行く先は吉野家だけだった。
そこに現れた、と言うよりも既にそこに居たのが看板娘だった。三重大のある江戸橋からはそれなりに離れるが、42番宿場・桑名で赤いおじさんと二人で暮らす看板娘には、遥かあの姉以上やや平均以下程度の自炊力が備わっていた。
映研で撮ったロボ映画で主役を務めた男前姉ちゃんにのめり込んだ挙げ句に、作中での姉ちゃんの姿に自身のMっ気を移入することから始まり、とうとう姉ちゃんに懇願して江戸橋の壁の薄い下宿先アパート内で弾着めいたプレイにまで興じたあの姉である。何事かと思った両隣人の通報で駆け付けた津署員にこっぴどく叱られ、家族すら知らぬと信じていた特殊な癖がいきなり国家にまでバレたかと焦り、赤いおじさん宅に身を隠す。そこで供された蛤の何かはあの姉に沁みわたり、その蛤の何かを作った看板娘の髪からふんわりと香った資生堂マシェリが、あの姉の記憶を呼び覚ましたのだ。7年前、三重の赤いおじさんから贈られたあのオレンジのメカコス。あのときのフィット感の匂いがする。
機ぐるみはあの姉の身体を包む。あの姉は忽ち巨きく膨らんだ想念で機ぐるみを包む。病巣はまだ見つからない。
(つづく)
呪文
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