5月15日は群馬事件の日
「板垣死すとも自由は死せず」
元長州藩主体の藩閥政治が批判対象となって自由民権運動が盛り上がるなか、1882年4月に演説中の板垣退助が襲撃された事件(岐阜事件)を境に民衆の不満が爆発します。
同時期に反乱を沈静化させられた不平士族もそこに合流し、松方デフレと呼ばれる緊縮財政政策によって農産物価格が下落して困窮する羽目になった農民すら巻き起こんで自由民権運動は大激化の様相を呈していきます。
1884年5月15日に発生した群馬事件も、そんな自由民権運動の激化事件の一つです。
(※プロンプトは1885年になっていますがイラスト通り1884年が正しいです。)
群馬事件自体は警察署への襲撃や高利貸の打ちこわしなど小規模にとどまりましたが、同様の激化事件は各地で発生。
直後に発生した加波山事件では遂に爆破テロ未遂にまで至ったことを受けて、政府は1885年に爆発物取締法を制定します。
使用の意図に関わらず爆発物を製造・所持した時点で違法とされるのは、現在でもこの爆発物取締法が現行法として機能しているためです。
これら一連の騒動の責任を負わされる形で各政党は解党させられますが、既に流れは止まりませんでした。
いわゆる鹿鳴館外交によって「やっぱり今の政府のままじゃ駄目だ」という結論に至った活動家によって再び自由民権運動は活発化。
遂に政府は折れる形で、1881年に公布していた『国会開設の勅諭』通りに1890年の国会開設を決定。
1889年に公布された大日本帝国憲法によって『帝国議会』が明文化され、日本は欧米諸国以外で立憲政治を実現した最初の国家として歩みを始めることになります。
元々は「聖徳太子が摂政になった日」やる予定だったけど、面白い絵面が浮かんだので群馬事件にしちゃった😝
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