推し活の果て
『課金破滅録ササキ ―レンズ越しの絶望篇―』
【本編】
1.「壊れたのは、カメラだけじゃなかった」
南條ひなた(仮名)と神崎れい(仮名)の陰口を偶然聞いてしまった日――
佐々木(仮名)が大切にしていたCanon EOS R5+Lレンズのセットが、ひなたの追走劇の中で床に落ちてクラッシュした。
「おい!待て!」
「誰が待つか~」
佐々木が伸ばした手が空を切った。
それと同時にバランスを崩し、彼の命より大切だった機材は、冷たいコンクリートの上に落ち、“パキッ”という音を立てレンズと本体の結合が解かれた。
数年かけて買い揃えた“推し活の相棒”――
本体もレンズも修理不能なくらい壊れた。
2.「買い直すしか……俺の人生に“推し”がいなきゃ、何も残らない」
スマホじゃ満足できない。目線をもらえない。
仕方なく古い一眼レフのKiss8を持ち出したが、瞳AFもない。
瞳AFに慣れたヲタクにはこれも我慢できなかった。
一番悔しいのは最新のミラーレスを持つ他のヲタクに見下されることだ。
これじゃ現場にも通えない。
何より「推しの美しさを記録できない自分」に価値がない。
そう思い詰めた佐々木は、新しいクレジットカードを用意して限度額をギリギリまで使い、新品の機材一式を購入。
Canon EOS R6 Mark II ボディ:328,000円
RF70-200mm F2.8 L IS USM:348,000円
アクセサリ類:24,000円
→ カメラ合計:700,000円
この買い替えこそが、彼の転落の決定打だった。
3.そして“癒し”に再会する
1か月ぶりにカメラが戻ってきた日、偶然SNSで見かけたのが、天羽しおん(仮名)復帰イベントの告知だった。
『おかえり、しおんちゃん――』
『貴方だけを見つめてくれるレースクイーン、再始動』
カメラと心に“新しいレンズ”を得た佐々木は、また信じてしまった。
「今度こそ、本物だ」
「このレンズ越しに、俺の“嫁”を撮るんだ」
4.「覚えてくれてたんだ……!」
イベント会場。久々に見るレースクイーンたちの喧騒の中で、しおんはひときわ静かな存在だった。
露出控えめの白いミニドレス風のコスに、ほのかなピンクのリボン。派手さはないが、そこが“良かった”。
「佐々木さん……お久しぶり、ですよね? 覚えてます」
そのひと言で、彼の脳内はスパークした。
5.崩壊する理性と残高
チェキ1枚:5,000円。
→ 5枚で特典:30秒会話券
→ 10枚で60秒会話券
「もっと話したい……もっと知りたい……!」
気づけば、35枚のチェキを購入していた。今買える限度だった。
計175,000円。だが、彼は迷わなかった。
しおんは、静かに、でも嬉しそうに言った。
「佐々木さんだけです、こんなに買ってくれたの」
“覚えてくれてた――”
彼女の瞳に映った自分の姿が、まるで「選ばれし者」のように思えた。
6.最終課金イベント
「最後のイベントになるかもしれないんです」
「新しい職業に行く前に、ちゃんと皆さんにお礼がしたくて……」
そう前置きされた上で告げられた“秘密のグッズ”――それは、
プレミアムチェキ:1枚20,000円、限定10枚のみ
→ 特典:「しおんが“秘密の言葉”を囁いてくれる」
佐々木は、全部――10枚を即購入した。
他の誰かにささやかれると思うと我慢できなかった。
自分だけに囁いて欲しかった。
総額200,000円。
7.新たなる課金地獄
以下は、しおんに対して彼が注ぎ込んだ金額の詳細だ。
通常チェキ:5,000円 × 35枚 = 175,000円
プレミアムチェキ:20,000円 × 10枚 = 200,000円
→ しおん支払い合計:375,000円
もう一台ミラーレスが買える値段になっていた。
8.再び“感謝”は罠だった
イベント最終日、しおんは優しい笑顔でこう囁いた。
「このおかげで、新しい事務所に入れました」
「もう、こういう“現場”には出ないかもしれません」
「これからは“お金より大事なもの”を信じて活動したいので……」
佐々木が構えたレンズの向こうで、しおんが語りかけてきた
――そして、佐々木さんへの最後の“秘密の言葉”です。
「ありがとう、課金王」
鳴り続くシャッター音とともに、佐々木の表情は凍った。
9.合計支出
佐々木のここ3か月の推し活合計支出額は次のとおり:
項目 金額
① まゆ 抱き枕 ¥88,000
② しおん チェキ合計 ¥375,000
③ カメラ買い替え(本体+レンズ) ¥700,000
合計 ¥1,163,000
※なお、家賃:33,000円(滞納中)
10.エピローグ
佐々木の部屋には今、3つのものしかない。
高性能すぎるカメラ
壁にずらりと並ぶ“元・推し”たちのチェキ
冷蔵庫の奥に1本だけ残された飲みかけのポカリ
スマホのリマインダーには、次の通知が表示されていた。
【重要】リボ払い残高が限度を超過しました。お支払いが必要です。
■SNS投稿(最後の呟き):
「レンズ越しに信じたものが全部、嘘だった」
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まゆ・しおん:未読
こうして彼女たちは笑顔を武器に
ヲタクを破滅の世界に突き落としてくる。
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