妖異百姿図巻
天保年間(1830〜1844)頃の作
江戸後期は妖怪絵が庶民文化として成熟し、読本・草双紙・瓦版などで怪異が大流行した時代。
本作もその流れの中で生まれたとされる。
■ 絵師
幽斎(ゆうさい) — 本名:片倉弥兵衛(かたくら・やへえ)
生没年:寛政9年(1797)〜嘉永3年(1850)
出身:武蔵国多摩郡
浮世絵師・読本挿絵師として活動
師匠:鳥山石燕の流れを汲む“玄堂派”の絵師・玄堂斎幽山
号:幽斎、幽斎画伯、幽山堂幽斎
得意分野:妖怪画、怪異譚挿絵、風俗画
評判:
「怪異の気配を描く筆」と評され、実在の妖怪を見たかのような迫真性で人気を博した。
しかし晩年は怪異に取り憑かれたと噂され、奇行も伝わる。
作品形態
全三巻構成の絵巻物
各巻に 三十〜四十の妖怪図 を収録
合計百姿を描くことから「百姿図巻」と呼ばれる
絵の横に短い怪異譚(本文)と絵師自身の注釈が添えられている
版木ではなく、絵巻として手描きで制作された“贅沢品”
武家や豪商の間で密かに収集されたとされる
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天保年間に幽斎が描いたとされる『妖異百姿図巻』は、その筆致のあまりの生々しさから、「絵に妖気が宿る」と噂された。
特に、巻物を手元に置いた者に奇妙な出来事が起こるという話は、江戸の町で密かに語り継がれた。
以下は、後年に記された「幽山堂雑記」に残る怪異譚である。
■絵の中の足音
最初の所持者は、深川の材木問屋・伊兵衛。
巻物を手に入れた夜から、家の廊下で 小さな足音が走る ようになった。
最初は鼠と思われたが、足音は人の子ほどの重さで、しかも夜半になると 障子の向こうで経を読む声 がした。
ある晩、伊兵衛が障子を開けると、そこには誰もおらず、ただ巻物の中の「鼠僧」の絵だけが、わずかに湿っていたという。
伊兵衛は恐れをなし、
巻物を寺に寄進した。
呪文
入力なし