5月16日は三枚舌外交の日その1
イギリス人が自国の歴史を学ぶと「やっぱりウチの国って〇ソだな!!」と叫ぶというジョークがあります。
今回のお題はそんな『ブリ〇ス』な中でも特にブリカ〇度の高い『三枚舌外交』のお話です。
第一次世界大戦中、連合国は大戦後のオスマン帝国分割について密かに交渉を進めていました。
1916年5月16日にイギリス・フランスがロシアの仲介で締結したサイクス・ピコ協定はその成果ともいえる分割案でしたが、実はこの時点で既にイギリスはオスマン帝国支配下にあったアラブ地域の独立とアラブ人のパレスチナ居住を認めたフサイン=マクマホン協定を前年1915年に締結済みでした。
この時点で既に「ちょ待てよ」案件です😟
更に翌年1917年にはパレスチナにおけるユダヤ民族の居住地建設を約束したバルフォア宣言も表明し、ここに世界史の歴史でも類を見ない『三枚舌外交』が完成します。
一応それぞれの協定の内容をよーく照らし合わせると、
『アラブ人の独立は約束したけどフランスorイギリスの保護下という条件付で、ユダヤ人居住地の建設を約束したけど国家の建設を認めるとまでは言っていない』
という解釈をすれば特に矛盾していないと言い切ることは可能ですが……。
「パレスチナに居住しているアラブ人はどうなるのか」という最大の問題点は完全スルーだったことが後々まで尾を引くことになります。
1917年11月に成立したロシア革命政府は諸外国から承認を得られない報復として、秘密外交を次々と暴露。
この際にサイクス・ピコ協定の存在が発覚したことでアラブ側・ユダヤ側の双方からイギリスへの猛批判が飛びます。
この三枚舌外交が生んだ軋轢は第二次世界大戦中のナチスの政策によって更に肥大化、遂には1948年のイスラエル建国宣言からの24時間以内に周辺各国からの軍事侵攻という文字通りの『開戦』によって、2026年現在まで全く解決の糸口が見えない泥沼のパレスチナ問題へと突入していくことになります。
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