お前……震えてるか?
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【短編劇画サスペンス】
タイトル:素顔の下
第一幕:降下
地上の理(ことわり)が通じない場所——
光村 廉は、旧市街の地盤深くへと続く古びた非常階段を降りていた。頭上の鉄扉が閉まり、世界から切り離されたような静寂が訪れる。湿った金属臭と、遠くでポタポタと管から水が落ちる音。
懐中電灯の小さな円に照らされた足元、その先に立つ「男」がいた。
男は斜め上から廉を見下ろし、片口角だけをあげた。
湿気で重くなった前髪が片目を覆い、光は顔の半分だけを照らしている。その眼差しは鋭く、冷めきっているのに、不気味な熱があった。
「……人の皮なんて、着慣れりゃ窮屈でもなくなるさ」
低く響いたその声は、地下の壁に何度も反響し、耳の奥をえぐった。
第二幕:擬態
廉は思わず後ずさりした。懐中電灯の光が揺れ、男の右頬をかすめる——そこは、人間の皮膚ではなかった。じわり、と金属色の鱗のような組織が透け、その奥で何かが蠢いている。
「ククッ……これが、俺の“素顔”だ」
その瞬間、周囲の壁がざわめいたように感じた。
視界の端で、配管やケーブルに絡む異形の管がぬらりと動き、壁そのものが呼吸しているようにも見えた。地上ではただの老朽化したインフラに見えた管網は、実際にはこの男の仲間の「神経」だった。
廉は喉を詰まらせた。足元がわずかに沈む。腐食した床材の下で、見えない何かが、彼の姿を嗅ぎ分けている。
第三幕:圧迫
一歩、男が近づく。湿った空気の中で革靴が金属を叩く音が、異様に大きく響いた。
廉の背中はすでに冷たく湿った壁に押しつけられていた。逃げ場はない。
男は軽く首をかしげ、わざと間合いを詰め、視線をまっすぐ刺し込む。
「お前……震えてるか?」
唇の端に、わずかな湿り気が光った。
蛍光灯の明滅とともに、その顔の半分に浮かんだ異形の形状が変化していく。
それは人間の形をなぞりながら、完全には同じにならない——模倣と本能の境界線だった。
懐中電灯が手から滑り落ちた瞬間、廉の視界は闇に沈む。
最後に見えたのは、わずかに、男の顔の中で笑っていない方の“目”が、獣のように光ったことだった。
呪文
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