【小説】街に攻め込む魔物と対峙するリリス
街を攻めてきた魔物と対峙しており、真剣な表情です。
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月下のリリス ― 血と灯火の狭間で
──空が、明るくなっていく。
街の屋根の上に、かすかな朝の光が降り注ぎ、霧の中に淡く溶け込んでいた。まだ人々が眠る時間。だが、その朝の静けさは、まるで何かの前兆のように、不自然に澱んでいた。
小高い丘の上、街外れの静かな家から、一人の少女が歩き出す。
銀髪が陽光に煌めき、風に乗って舞った。
リリス──ヴァンパイアとエルフの混血。
忌み子として森の奥で、誰にも必要とされずに育った少女。
けれど、彼女は今この街〈グレイミスト〉で、誰よりも“光の中”にいた。
彼女は細身の剣を腰に下げており、その表情は静かで、どこか人を遠ざける冷たさもあるが、すれ違う人々は皆、彼女に笑顔を向ける。
「……リリスさん、おはよう……!」
「おはよう。今日のパンもいい香りね。」
「ふふ……いつも、ありがとう……」
小さなやりとり。
だが、リリスにとってはその一言一言が、胸の奥深くに温かく染み込むようだった。
……それだけで良かった。
誰かと交わすたった一言の挨拶。誰かと同じ陽の下を歩くという日常。
それが、彼女にとっては奇跡だった。
夕刻を過ぎ空が暗くなってきた頃。
街の北の空の風が重くなり、鐘楼の警鐘が鳴り響く。
「……敵襲だ! 魔物だ!」
狼煙が上がる。町の北門を越え、森を割るようにして現れたのは、三つの首を持つ巨大な獣だった。黒い瘴気に包まれたその巨体は、歩くだけで地面を焦がし、空気を腐らせた。
「布陣を維持しろ! 逃げるな!」
ハロルド隊長の怒声が響くが、兵たちの足はすでに震えていた。
矢は棘に弾かれ、魔法は瘴気に飲まれる。
街を守る者たちは、次々と倒れていった。
叫び、泣き叫ぶ子供の声。
それに覆いかぶさる母の叫び。
街全体が、絶望に染まろうとした瞬間——
風が、変わった。
焦げた空気の中に、ひとすじ、清らかな風が流れ込む。
その場にいた誰もが「何かが来た」と感じた。
次の瞬間、その“何か”がゆっくりと姿を現す。
——リリスだった。
白い肌に銀の髪。
黒の衣に、腰に下げた片手剣。
彼女の姿が視界に映ったとき、時が止まったように思えた。
誰も、彼女を呼んではいなかった。
街の人々は、自身の力でで懸命に街を守ろうと必死だった。
けれど、彼女は“そこにいた”。
それだけで、救いが始まった。
「なぜ、前に立ちふさがる……?」
三つ首の魔物がうねるように言葉を吐く。
「お前は、我らと同じ側の者……人間の敵……その血が、それを知っているはずだ……!」
リリスは一言も返さないまま、鞘に手をかける。
「……」
ゆっくりと剣を抜く。
細身のその刃が、空気を裂き、雷のような音を生む。
刃に刻まれた赤い紋様が、じわりと光を帯び始める。
「私は、誰かの哀しみを見るために生きてきたわけじゃない」
低く、しかし明瞭な声が響く。
「私は、自分の意志でこの街に立ってる。それだけのことよ」
魔物が咆哮とともに跳びかかる。
三つの顎が同時にリリスを噛み砕こうと迫る。
空気が砕け、石畳が割れる。
だが、リリスの姿が掻き消えた。
赤い閃光が一閃。
斜めに走る軌跡が、魔物の首の一本を切断した。
血が黒い霧となって噴き出す。
着地と同時に、二撃目。
縦に振り下ろされた剣が、獣の胸部装甲を深く裂き、
同時に魔物の首の二本目を切断した。
反撃の尾が彼女を襲うが、リリスは跳ね、再び空へと舞う。
雷のように放たれた回転斬りが、最後の首を刎ね飛ばす。
炎とともに爆ぜるような音が、空に響き渡る。
魔物は、断末魔の叫びをあげ、崩れ落ちた。
やがて、静寂が戻る。
焦げた風が止み、町の空に光が差し込む。
地に剣を突き立て、肩で息をしていたリリスが、ゆっくりと立ち上がる。
誰も言葉を発せなかった。
ただ、彼女の姿を見つめていた。
やがて、恐る恐る子供が近づき、彼女の足にしがみついた。
「……こわかった……」
リリスは、その小さな頭に手を乗せて、優しく撫でた。
「もう、大丈夫。怖くないわ」
遠巻きに見ていた人々が、やっと動き出し、リリスの周囲に集まる。
忌まわしき血の混じりを、責める者も、恐れる者もいなかった。
ただ、そこには――
“勇者でも英雄でもない。しかしこの町を救った者”としての彼女がいた。
――その後、丘の上、剣を背に、リリスは静かに街を見下ろし呟いた。
「……ねえ、母さん。今の私は……間違ってないよね」
誰に届くでもないその声は、風に乗って流れていった。
陽光の下で生きる道を選んだ、ひとりの“少女”。
それが、リリスという存在だった。
――そして、物語はここから始まっていく。
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ここまで読んで頂いた方、ありがとうございます(^^)/
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