小谷村にて奇獣現る
近頃、長野県北安曇郡小谷村にて、毎夜奇怪なる鳴声四方に響き渡り、村民等これを聞きて戦慄せり。その声、鳥獣に似ず、時に呻くが如く、時に嘲るが如くにして、夜更けてより明け方に至るまで絶えず聞こえしという。かかる折、去る八日夜のこと、小谷村西端に住む農夫・岩倉清三郎の家屋の屋根上に、件の声の主と思しき異様の獣現れ、凄まじき声を発しけるに、岩倉氏一家は恐怖のあまり逃げ惑い、近隣の猟師・木戸吉兵衛に急を知らせけり。
吉兵衛、旧来所持の猟銃を携え、直ちに駆けつけ、屋根上の怪獣を一発にて仕留めたり。
その怪しき獣、体躯は概ね月輪熊に等しく、顔貌は猿に類し、胴体は虎斑を帯びて頑健、尾は蛇の如く長くして地を引きたり。まことに得体の知れざる形状にて、村民これを目の当たりにし、大いに驚愕す。
村の古老等は口々に、これはまさしく『ヌエ』なる妖獣の類に非ずやと噂しあい、ある者は村に災厄の兆しありと憂い、またある者は由無し空言と一笑に付したり。当局は今般の奇獣を安曇役所へ引き渡し、詳らかなる調査を求むるとの由。果たしてその正体や如何に、続報を待たれたし。
呪文
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