東京クロスワード 第二章 裏切りの剣と東京タワー
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雨が止んだ東京の夜空に、紫電のような亀裂が走った。
東京湾上空に浮かぶ巨大な魔導門。その向こうから流れ出る魔力は、常識の境界を超え、現実世界の空気を異質なものへと変えていた。
「この世界にも……侵略する気か、ゼクト」
悠馬はビルの屋上に降り立ち、眼下の光景を見つめていた。
真下には、東京タワーが青白く光を放つ。そしてその前に、異世界の獣――“影喰い”の群れが蠢いている。
「俺のいない6年で、世界は変わってたのか……それとも、俺が変わったのか」
ポケットから取り出したスマートフォンは、すでに電源が切れていた。
異世界帰りの青年にとって、日本のテクノロジーすら、もはや異物だった。
背後から、鋭い足音が響く。
「動くな、綾野 悠馬。お前の魔力反応はすでに観測済みだ。国家安全保障局・第零特務課、**朝比奈 冴(あさひな さえ)**だ」
背後に現れたのは、黒のスーツに身を包んだ女性。
腰には特殊な銃、左腕には魔力制御用の装置。瞳は冷たく、それでいてどこか人間味があった。
「“国家”の命令か? 異世界帰りの人間を拘束しろってか」
「違う。“観測”だ。あんたの力が、この世界にどれだけ影響を与えるのか。……あたしたちは、ただそれを見届ける任務を帯びている」
悠馬は笑った。
それは、ラグ=オルフェリアでも見てきた――“観測”の名のもとに、多くの命を見捨てた者たちの言い訳だった。
「だったら俺は――“破壊”の名のもとに、この世界を守る」
彼が右手を広げた瞬間、空気が震えた。
異世界で使っていた剣――**神聖魔剣《ルメナ・ヴィオル》**が、空間の裂け目から出現する。
蒼白の刀身。光の波動。
それは、かつて異世界の魔王すら屈した力。だが、朝比奈は一歩も引かない。
「戦うのか?」
「違う。俺は、止めに来た。東京が、異世界の戦場になる前に――!」
次の瞬間、空から雷のごとき咆哮が落ちてきた。
「勇者クレイン――いや、綾野 悠馬!」
ゼクトが叫ぶ。
異世界の軍勢を率い、彼は東京タワーを中心に布陣を敷いていた。
「かつての仲間を裏切って、今度はこの世界に逃げ込むとは。見苦しいぞ!」
「逃げた? お前らが俺を捨てたんだろうが!」
悠馬は空へと跳躍し、魔剣を構える。
剣が雷光を放ち、宙を裂くように振り下ろされた。
――斬撃は、見えない。
だが一瞬で、五体の魔獣が地に伏した。
「この世界に来たのが間違いだったって……思い知らせてやる」
ゼクトが手を掲げると、魔導門が再び唸りを上げる。
次元の彼方から召喚される“異界の魔神”――その圧倒的な魔力が、周囲の電子機器すら狂わせた。
未来がその場に現れたのは、ほんの数分後だった。
濡れた制服のまま、走ってきた彼女は、目の前の光景に言葉を失った。
「悠馬……?」
彼は剣を構えたまま振り返る。
「春原、逃げろ。ここはもう、安全な場所じゃない」
「嫌だ! 私……また悠馬を失いたくない!」
叫びが、闇に響いた。
悠馬の心が、揺れた。
――守りたかった。
あの世界で守れなかったものを、今度こそ守りたかった。
だから、彼は言った。
「なら、俺の背中を見てろ。今度こそ、全部終わらせる」
そして、跳んだ。
空を裂き、魔神の腹を魔剣が貫く。
咆哮と共に爆風が巻き起こり、東京タワーの展望台がひび割れる。
未来が叫ぶ。
「悠馬ァア―――ッ!!」
そして光が、夜を白く染めた。
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――数時間後。
東京タワー周辺は封鎖され、報道各社のドローンが空を飛び交っていた。
魔導門は消えた。だが、戦いは始まったばかり。
朝比奈は無線でつぶやく。
「対象・綾野悠馬……潜在魔力レベルS。戦闘能力、国家戦略級。今後、監視対象から保護対象へ移行する」
「それが……人間か」
彼女の隣には、異世界の騎士装束を着た新たな人物が立っていた。
「我が名は、セラ=リュミナス。異世界より参上した、かの勇者の“元・婚約者”だ」
新たな刺客。新たな波乱。
そして、異世界と日本をつなぐ扉は、まだ完全には閉じていなかった――。
呪文
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