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「あの…タカフミくん…?ボクの顔に何か付いてる?」

沐浴を終え更衣室で着替えをしている最中、不意に声をかけられて思わず肩が小さく跳ねる。
しまった、とタカフミは思った。
実際のところ隣に立つ同級生の、余りに美しいその横顔に見惚れてしまっていたのだ。
長い睫毛。優しい光を湛えた瞳。華奢な様でいてその実しっかりと筋肉の付いた…例えるなら、彫刻の様な均整のとれた身体。何より、艶やかなその唇に目を奪われていたのだから。

「ああ、いや…ごめんよヒナタくん、なんでもないんだ。」

「…そうかい?」

咄嗟に否定したのはまぁ仕方ない。が、上手く言葉が出て来ず、ありきたりな返答になってしまった…もっと洒落た言い回しがあったろうにと自分の語彙力の無さに打ちひしがれる。
優秀な彼ならば…隣に立つ少年ならば、ヒナタくんならば、今の遣り取りでどんな返答をしただろうか?自分の様に曖昧に言葉を濁しただろうか?それとも粋な言葉で笑顔にさせてくれたろうか?
そんな事を考えたところで同じシュチュエーションが巡って来る筈も無いのに…と、頭の中で渦巻くネガティブな思考を振り払う様に頭を振る。ふぅと溜め息を一つ吐いたところで、タカフミは隣の少年が何やらペタペタと自分の顔を撫で回している事に気付いた。

「ど、どうしたのヒナタくん?」

「・・・本当に何も付いてないのかな、と思って・・・」

何をしているのかと思えば、どうやら先程自分の言った言葉が気になっていた様だ。
まぁこの辺りは見た目通り繊細なんだな、とタカフミの頬が緩む。

「大丈夫だよ本当に何も・・・」

そこまで言ってふと気づく。こういう場面でこそ少しは洒落た言葉を・・・いや、せめてちょっとくらい面白いと思える台詞を吐くべきではないだろうか、と。

「・・・ついてるね。」

「え?本当?」

タカフミの言葉に反応しヒナタが再び自分の顔をペタペタムニムニと弄っている。その姿が普段の凛とした印象とはかけ離れている感じがして、ただでさえ緩んでいた自分の頬が更に緩むのを実感してしまう。

「ねぇタカフミくん、何が付いてるんだい?わかんないなぁ・・・取っておくれよ。」

「取るのは、ちょっと無理かな。」

「え?なんで?」

ここだ。今こそ。
ここで渾身の台詞を。

「キャンディーの様な綺麗な瞳と、愛らしい鼻、桜餅みたいに美味しそうな唇、が付いてる。」

決まった。殺し文句を言い切った。
どうだい、ちょっとお洒落だったろう?そんな風に思ってタカフミは満足気に微笑んで見せたが、ヒナタからの反応は無かった。
おかしい、面白くなかっただろうか?
自信があっただけに無反応というのが気になって、おそるおそる目を開け、ヒナタの方に視線を持っていくと…。
口元を抑え、向こうを向いて、肩を震わせていた。
どうやら渾身の決め台詞はギャグとして受け入れられた様だと理解したタカフミは、がっくりと肩を落とした。
『ヒナタくんみたいにはいかないなぁ…』と溜め息を吐きつつ、中断されていた着替えの続きを始める。

「…はぁ、苦しかった…。」

タカフミが濡れた体を拭い下着を着けてもなお笑い続けていたヒナタが、ようやく立ち直った様だ。

「…そんなに可笑しかったかなぁ…?」

余りにも長い間笑われていたものだから、つい、ほんの少し、棘のある言葉を発してしまった。しまったと思ったが、言ってしまった言葉は引っ込められない。

「…あ、いや、面白いと思ってもらえたなら良いんだ…けど。」

「あぁ、ちょっとツボに入っちゃった…桜餅…ふふ、桜餅ね。」

今まで顔だけをこちらに向けていたヒナタが体ごとこちらに向き直り、ゆっくりと手を伸ばし、指先でタカフミの頬に触れた瞬間、ドキリと心臓が跳ねたのがわかった。

「美味しそう、なんだよね?」

「え、あ、うん…」

「そっか。」

ふっと目を細め頬を染めるヒナタ。
これは、なんだ。なにが起こっているんだ。
憧れ、恋慕にも似た感情を抱いていた同級生の端正な顔が、今、目の前に、ゆっくりと近づいてきている。

「ねぇタカフミくん。」

「は、はい…。」




「試食、してみる?」

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