保健室の2人
椅子に座っていた養護教諭のヒロコ先生は、僕の姿を見るなりニコッと笑った。
「やっと来たか。王子様」
そして親指で奥の白いカーテンを指し、小声で言った。
「まだ寝てると思うから、静かに開けてね」
カーテンを開けると、ユキさんが静かな寝息をたてていた。穏やかな寝顔に、少しホッとする。
ベッドの横の丸椅子に座る。
しばらく寝顔を見つめていると、ユキさんは「うーん…」と寝返りを打ち、仰向けになった。
ユキさんのシャツのボタンは大きく開いていて、胸元が露わになっている。
僕は咄嗟に目を背けようとしたけれど、その意思に反して、彼女のシャツから覗く白い肌に釘付けになる。
ユキさんがゆっくりと目を開いた。
「あ、来てくれたんだぁ」
ベッド脇のメガネを取りながらニッコリと微笑んだユキさんは、シャツのボタンが外れていることに気がつくと、気まずそうに顔を赤らめた。
バツが悪くなった僕も、俯くしかない。
「あはは…ごめん。さっき苦しくて外したんだった。恥ずかしい。でもまあ、いっか。キミになら」
言葉の意味を計りかねながら、僕は尋ねる。
「大丈夫なの?」
「ああ、うん。大丈夫。いつもの貧血。心配かけちゃったね」
紅潮した頬のユキさんを見て、少し安心する。ユキさんは昔から貧血で倒れることが多く、今日も放課後の部活前に気分が悪くなったらしい。
僕とユキさんの関係を知っている友達が、大騒ぎして僕に保健室に行けと促したのだ。
「ねえ、キミにひとつお願い」
「なに?」
「手、握って」
僕はベッドの上のユキさんの細い手を握る。
温かく、少し湿った手のひら。
ユキさんは両手で僕の手を包み込む。
鼓動が早くなる。
「キミの手、きれいだよね。昔から」
ユキさんは僕の指と自分の指を絡めて、満足そうに微笑む。
「もういっこ、お願い」
眠たげな声でそう言うと、ユキさんは僕の右手を自分の胸に引き寄せた。
「もっと近くに、きて」
僕の顔とユキさんの顔が近づく。甘い、花のようなユキさんの香り。鼓動が跳ねるように早くなる。
唇が触れそうな距離で、ユキさんが僕を見つめる。僕の右手はユキさんの胸の鼓動を感じている。
カーテンで仕切られた2人だけの空間で、彼女の匂いに包まれながら、僕はやっと気づいた。
ユキさんは僕の特別な人なんだと。
ずっとずっと前から、そうだったんだと。
呪文
入力なし