露天風呂の夜、「気になります」が止まらなかった
石灯篭の橙色が、夜の湯面に揺れている。湯煙が白く立ち上り、黒髪の縁を滲ませていく。千反田えるは静かに膝をついた。大きな紫の瞳に、迷いはなかった。ただ、純粋な好奇心だけがあった。
「見せてください。わたし、全部知りたいんです」
唇が触れた。「……ん」あたたかい。予想より、ずっとあたたかい。それだけで、えるの呼吸が変わった。「ジュポ……」音が出た。自分が出したその音に、頬が赤くなる。「……き、気になります。こんな音が出るなんて、わたし、知らなかったんです。……チュパ……ジュポジュポ……んっ」舌が動く。覚えていく。「……ジュルルッ……っ、あ、これ……気になって、やめられなくて……もっと、知りたいんです……チュパチュパ……!!」彼女の目は、最後まで真剣なままだった。
露天風呂の縁、濡れた石に両手をついた。夜の石は冷たかった。それなのに、体の芯は燃えていた。
最初の瞬間、えるの息が完全に止まった。
体の奥まで届く感覚。これは、知識の中になかった。どんな本にも書いていなかった。温泉の熱さとも、湯気の重さとも、まるで違う何かが、背骨を一本ずつ、下から押し上げてくる。「……あの」声が出た。「わたし、気に……」言葉が途中で折れた。知っているはずの単語が、ばらばらになっていく。
ゆっくりと、動きが始まった。
「……っ、ぁ」一つ目の波。「……んっ」二つ目。えるの指が石を掴む。冷たさが指先に走った。それが快感と混ざって、境界がわからなくなる。「気に……なり……ます……っ」まだ、言葉を保とうとしていた。まだ、千反田えるであろうとしていた。「こんな感覚が……あるなんて……わたし、知らなくて……んっ、ぁあっ」
湯気が顔に当たる。黒髪が濡れて頬に貼り付く。
加速した。
「あっ、あっ」短い声が連続した。思考が追いつかない。謎を解こうとするたびに、新しい謎が生まれる。えるが一番得意なことが、できなくなっていた。「ぁあっ……わたし……っ、なん、で……こんなに……ぁあ゛っ」体が前に倒れそうになる。石の縁を両腕で抱える。冷たい石と、熱い体と、夜の湯気が全部混ざって、自分がどこにいるかわからなくなってきた。
「……気になります。わたし、ずっと気になって……でも、これは……違う、いつもと違う気になり方で……っ、ぁあ゛あ゛っ!!」
声が夜空に溶けた。
何かが、決壊した。
「あ゛あ゛っ、あ゛ッ……もう……わかんな……っ、気にな……気にな……ぁあ゛ァッッ!!」えるの背中が弓なりに反った。石の縁から手が離れそうになった。視界が白くなる瞬間があった。石灯篭の光が、花が咲くみたいに広がって見えた。
静寂。
湯の音だけが残った。えるはしばらく動けなかった。額が石の縁についたまま、ただ呼吸だけしていた。はぁ、はぁ、と白い息が夜に溶けていく。指先が、まだかすかに震えていた。
やがて、仰向けになった。
夜空が見えた。星が多かった。こんなに星が多い夜だったのに、今まで気づかなかった。「……わたし、気になります」えるは言った。「こんなに気持ちいいって、こういうことだったんですね。教えてくれて、ありがとうございます」一拍置いて。「……でも、まだ、気になることがあって」
大きな瞳が、こちらを見た。
「……あなたのことが、一番気になります。一生かかっても、解けない謎かもしれない。それでも、わたしは気になり続けます」
呪文
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